不妊症に治療中に精液検査を受けることは、治療方針を決める上でも重要な事ですので、多くの人が疑問をもたないことでしょう。頻回に精液検査が行なわれている例として、人工受精(AIH)中の患者さんカップルのことを例に取ってみましょう。
A夫さん(38歳)とB子さん(34歳)夫婦は、A夫さんの射精障害のために3年間の不妊期間を経て、不妊治療を行なっているクリニックを受診しました。そこでの、精液検査の結果では、精液量3ml、精子濃度4500万/ml、精子運動率75%、正常形態精子率25%(strict criteria)と異常を認めませんでした。射精障害の治療は行なわずに、まず一人目の子どもを授かりたいとして、人工受精を5回受けていました。この約8ヶ月の間に、精液検査の結果が段々悪くなったために、泌尿器科に紹介されました。(画像をクリックして拡大・Fig. 1, 2)
初めは、4500万/mlの精子濃度は100万/mlに、精子運動率は75%が10%に激減しています。
さてここで注意をする必要があります。5回目の人工受精の時のように、精液検査の結果がとても悪い場合は、顕微授精を勧められるのではないでしょうか?
A夫さんは、幸いなことに泌尿器科受診を勧められました。精巣の超音波検査を行なうと、なんと直径5mmの精巣がんが見つかったのです。(画像をクリックして拡大・Fig. 3)A夫さんは、早速手術で精巣がんのある精巣を摘出しました。病理結果は、セミノーマで初期のがんであったため、追加の治療は必要ありませんでした。手術以後に、精巣は1つになったにもかかわらず、精液検査の結果は改善して、7回目の人工受精で妊娠が成立し、無事に女児を授かりました。
精液検査の結果が不良な不妊症男性の場合、精液検査結果が正常な不妊症男性と比べて、精巣がんの頻度は1.6倍になると報告されています。(Jacobsen R, et al. Testicular cancer in men with abnormal semen characteristics: cohort study. BMJ 321: 789-792, 2000)
また、男性不妊の患者さんの精巣がん発生率は、子どものいる男性の20倍高いことが彷徨されています。(Raman JD, et al. Increased incidence of testicular cancer in men presenting with infertility and abnormal semen analysis. J Urol. 174: 1819-1822, 2005)
日本での精巣がんの頻度は、人口10万人あたり1-2人ですから、男性不妊患者さんの場合は、2500人から5000人に1人ということになります。しかし、この数字は、全男性人口での値ですので、生殖年齢(20-40)の男性に限って言えばさらに頻度は上昇し1000人から2000人に1人という数字になります。実際、我々の施設では、年間の男性不妊の新患数が1500人で、毎年1-2人の精巣がん患者が、発見されています。ほとんどの患者さんは早期がんで見つかるため、手術療法以外の追加治療がいりませんでした。
精液検査の結果が悪化した場合は、不妊治療をステップアップする前に、必ず泌尿器科専門医を受診しましょう。