マルハニチロホールディングス子会社のアクリフーズ群馬工場で生産された複数の商品を食べた人が、吐き気や発熱などの異常を訴え、これらの商品から殺虫剤のマラチオンが検出されたことが報道されてから、「マラチオンなどの残留農薬の精子力に対する影響はどうですか?」という、ご質問を多く頂きます。
そこで、これまでの論文を調べてみました。
まず、マラチオンですが、有機リン・有機硫黄系殺虫剤の一種であり、世界中でもっと多く使用されているものであり、国内でもホームセンター等で許可無く購入できるものです。
ヒトにマラチオンを飲んでもらうような実験は出来ませんので、まずは疫学調査の報告を見てみましょう。
Hossain F, et al Effects of pesticide use on semen quality among farmers in rural areas of Sabah, Malaysia. J Occup health 2010; 52: 353-360.
Hossainらは、マレーシアのサバ州の3つの地域での農家の男性156人を対象にして、使用している殺虫剤の種類と精液所見を比較しました。日本では禁止されている、パラコート(マレーシアでも違法使用)と今回問題になっているマラチオンを用いていることが判りました。そこで、精液検査の結果ですが(方法は男性不妊百科「精液検査を受ける」を参考にしてください)、農薬使用のある農夫の精液量・精子濃度・精子運動率・正常形態精子率は、いずれも使用していない農夫に比較して有意に悪いことが判りました(画像をクリックして拡大・Table 1)。
Table 1 2014.1.12
しかも、農薬を使用している農夫は、精液量が異常になる危険性は使用していない場合の6.5倍、精子濃度は8.77倍、精子運動率は5.18倍、正常形態精子率は4.56倍になると報告されています。
ここで興味深いのは、この精液検査異常は、劇薬のパラコート使用の場合と今回のマラチオンで差が無いことです。
どうやら、マラチオンは精子力を下げるようです。
さて、動物実験ではどうでしょうか?
ラットをモデルにした、実験が報告されています。
Uzun FG, et al. Malathion-induced testicular toxicity in male rats and protective effect of vitamins C and E. Food and Chemical Toxicology. 2009; 47: 1903-1908.
ラットに致死量の1/50のマラチオンを連日28日間与えた結果、精子濃度・精子運動率は減少し・精子奇形率は増加したと報告しています(画像をクリックして拡大・Table 2)。さらに、この作用はビタミンCとEの摂取により軽減されたと述べています。
Table 2 2014.1.12
マラチオンの精子形成障害のメカニズムは、活性酸素とくに・OH(ハイドロキシラジカル)によることが大きいので、これを打ち消す抗酸化剤が有効であると言う事ですね。
しかし、これは長期にマラチオンを与えた場合のデータです。
今回の事件のように短期間(1回だけ)マラチオンを与えたらどうなるのでしょうか。
マウスでの実験がありました。
Bustos-Obregn E, et al. Effect of a single dose of malathion on spermatogenesis in mice. Asian J Androl. 2003; 5: 105-107.
マウスに致死量の1/12のマラチオンを、1回だけ与えたときの精子形成を時間経過とともに調べています。
すると、はじめは変化がないのですが、40日後には尾部の形の悪い精子が増えてくることが判りました(40.8%⇒58.5%)。しかし、精子濃度には影響がなかったと言う結果です。
動物実験の結果をすぐにヒトに当てはめることは出来ませんが、今回の結果からは、マラチオンを含んだものを食べてしまった場合は、長期間(ヒトの場合は少なくとも、70-80日間は精液検査で経過観察が必要でしょう。
お心当たりの方がおられましたら、早速精液検査をお薦めいたします。