男性不妊外来患者さんから、よく尋ねられる事に、自分の働いている環境が男性不妊の原因になっていないか?と言う質問があります。

これに対する、疫学調査がこれまでにも行なわれていますが、全く異なった結果が出ている2つの報告をご紹介しましょう。

エジプトからの2010年の報告です。(El-Helally, M. et al. Workplace exposure and male infertility-A case-control study Int. J Occup. Med. Envir. Health. 23: 331-338, 2010)

不妊を主訴に来院した男性患者で精液検査の結果の異常のあるものを、男性不妊群として、対照群は同施設を出産のために訪れている人のパートナーで精液検査結果に異常のないものとしています。
不妊群と対照群には、年齢差は無く、教育程度・収入・住んでいる地域(都会か田舎か)などの社会経済的背景に大きな差がありませんでした。

この調査結果、有機溶媒やペンキ・鉛・コンピュータ端末・シフト労働・仕事のストレス・喫煙・肥満度(BMI)が不妊要因として抽出されてきました。((画像をクリックして拡大・Table 1)
Table-1-2013.9
Table 1 2013.9.1

これらは、これまでの論文でもたびたび指摘されてきた事柄です。

では、もう1つの論文ではどうでしょうか?

アメリカからの2005年の報告です。(Gracia CR. Et al. Occupational exposure and male infertility. Am J Epidemiol 162: 729-733, 2005)

12ヶ月以上の不妊歴があり、パートナーに婦人科的異常のない精液検査に異常のある無精子症でない人(過排卵させて人工受精を行なう臨床試験参加者のパートナーから抽出)を男性不妊群として、対照群は2年以内にパートナーが妊娠したひとで精液検査結果に異常のないひととしています。

この結果は、先の論文で指摘されたような有機溶媒やペンキ・鉛・コンピュータ端末・シフト労働・仕事のストレス・喫煙・肥満度(BMI)は不妊要因とはならず、コンピュータ端末と放射線暴露が、正常群が有意に不妊群よりも多い(男性不妊にはむしろ良い方に働く)結果となりました。((画像をクリックして拡大・Table 2)
Table-2-2013.9
Table 2 2013.9.1
なかなか、受け入れがたい結論ですが、このような差はどうして生まれるのでしょうか?

それは、研究対象の抽出法にあります。疫学研究には最も大事で結果に大きな影響を及ぼす事です。例えば、運動量と体重の関係を調べる事は、比較的たやすく出来ます。なぜなら、測定する項目が肉体的にも精神的にも難しいものではありません。しかし、精子力を判断する精液検査が関連するとそうはいきません。精液検査は一般には行なわれていない検査で、正常群の抽出に偏りがでます。つまり、パートナーが妊娠した人に頼むわけですが、これを承知する人の割合は1/3程度で、かなりの人が辞退されます。つまり、パートナーが妊娠していて精液検査に応じてくれた人という偏りがあるのです(セレクションバイアスと言います。)研究対象を選ぶときに、精液検査が入ると疫学研究が難しくなる事は、お分かりいただけたと思います。

さて、今回の結果はどう解釈すれば良いのでしょう。

男性不妊患者さんには、「環境因子の精子力に与える影響に関しては、確実な報告はまだでていません。お仕事そのものを変えるは難しいでしょうが、これまでに悪いとされてきた要因は避けるようにするのが賢明でしょう」とお伝えしています。
医学は科学です、しかし、動物実験のように割り切れないのが、不妊症分野の疫学研究です。