男性型脱毛症(AGA: antdrogenic alopecia)治療のため、抗男性ホルモン薬フィナステリドを使用している男性の数は、過剰なインターネット広告の影響か年々増加しています。

AGAの原因になっているのは、活性型のテストステロンであるDHT(ジヒドロテストステロン)である事が突きとめられました。そして、このテストステロンをDHTに転換するのに必要な酵素である5還元酵素(type 1とtype 2がある)のtype 2を押さえてしまう薬が開発されました。フィナステリド(商品名プロペシア)という薬です。元々、前立腺肥大症の治療に、日本を除く世界中で1日5mgを使用する薬剤として広く使用されているものです。日本では、前立腺肥大症に対する適応は取れていませんが、2005年に万有製薬(現在のMSD)からAGAに対する治療薬として、1日1mgを使用する薬剤として、発売されています。

精子形成には精巣内にテストステロンが存在する事が必要条件になっていますが、その活性型のDHTがいかに精子形成に関わるのかについては、十分な証拠は確立されていません。というのは5還元酵素type 2が生まれながらにして存在しない人でも、精液量は減少しますが精子濃度に異常の無い場合が多いことが知られています。

Ovestreetらは、妊孕性のある正常男性に1mg/日のフィナステリドを与えて精液検査に影響を与えないと報告しており(Overstreet, et al. Chromic treatment with finasteride daily does not affect spermatogenesis or semen production in young men. J. Urol. 162: 1295-12300, 1999)、これが元になってフィナステリドは精子形成に問題は無いと考えられていました。しかし、拙著「男を維持する『精子力』」にも書きましたように(ベビーが欲しければ、フサフサ頭は諦めろP22-P25)hon_130709、AGA治療中で精液所見に異常のある男性不妊の患者さんで、フィナステリドを中止すると精液検査の結果が改善して、自然妊娠が成立した例を少なからず経験しています。

同じような症例報告を、神戸大学の千葉先生らもしています。(Chiba K. et al. Finasteride-associated male infertility. Fertil. Steril. 95: 18786-1789, 2011)

最近、もっと大規模な報告がカナダのMount Sinai病院のSamplaskiらによってなされました。(SamplaskiWK, et al. Finasteride use in the male infertility population: effects on semen and hormone parameters. Fertil. Steril. 2013. Doi. Org/10.1016/j. fertnstert.2012.07.2000)

彼らは、Mount Sinai病院の2008年から2012年までの男性不妊データベースから、AGA治療中の患者を選び出し、この中で精液検査がAGA治療中と治療中断後になされている14例を対象に分析しています。

これによれば、高度乏精子症(精子濃度500万/ml以下)では精子濃度が15.9倍に、軽度乏精子症(精子濃度500万/mlから1500万/ml)では13.6倍に、正常精子濃度(1500万/ml以上)で3.14倍に増加しています。14例全体で見ると精子濃度は11.6倍に増加していました。精子運動率や正常形態精子率には変化がありませんでした。(画像をクリックして拡大・Table 1)

Table-1-2013.9.13
table 1 2013.9.13

内分泌検査でLH, FSH, Tに治療中断前後で変化は見られませんでした。

この詳細な原因は不明ですが、正常男性と違い不妊男性はフィナステリドにより精子形成が影響を受け易い因子を持っているのかも知れません。
自然妊娠を目指すのでは無く、現在体外受精(顕微授精)をしているから精子の数は問題ないとお考えであれば、まちがっています。フィナステリドにより精子のDNA断片化率が上昇することが報告されています。

現在不妊治療中の男性不妊の患者さんたちは、頭髪の事はしばらく諦めて、AGA治療を中断する方が良いでしょう。お子様を持つ夢が叶う方が、きっと大事だと思います。