体外受精と自閉症・精神発達遅滞の関連
Autism and mental retardation among offspring born after in vitro fertilization.
JAMA 2013, 310: 75-84 Sven Sandin (Departent of Psychosis, Institute of psychiatry, King’s College London) et al.
我が子が、すくすくと健康に育って行くことを願わない親はないだろうが、不妊治療特に体外受精で誕生した子どもに対しては、その思いはとても強いことは想像に難くないだろう。五体満足に生まれれば、と願うのであるが、このことは生まれた瞬間に、判断がついてしまう場合が多い。
しかし、誕生した我が子の、精神発達はどうなるのか?という事は、誕生後すぐには判断が出来ない。つまり、ある程度子どもが育ってこないと、その子に自閉症があるのか・精神発達遅滞があるのか、という事に関しては、何ともいえないからだ。
わが国にでも、生まれてきた子どもを、定期的にその発達状態に関する、検診制度は存在している。しかし、その子どもが生まれた背景(自然妊娠か・体外受精か 等)に関するデータとリンクさせる仕組みが存在していない。
これに対して、北欧を中心として国民総背番号制が定着し・診療記録(カルテ)の番号もこの背番号が割り振られている。
こうすれば、疾患とその予後とそのヒトの背景を、簡単に結びつけることが出来る。
このように、しっかりした疫学研究が行なう事が出来る、Swedenからのレポートである。
Swedenでは、4歳時に、運動能力・言語能力・認知能・社会性について、専門家がその発達状態を評価することが義務づけられているそうだ。
最近公開された、JAMAに体外受精児の自閉症発症と精神発達遅延発症率に関する興味深いレポートが掲載された。前置きが長くなったが、これを解説しよう。
1982年1月1日から207年12月31日にSwedenで誕生した子どものうちで、誕生後1.5年後に生存していた、2541125人を対象にしている、このうち30959例(1.2%)が、体外受精で誕生しています。平均観察期間は10年。
この論文では、体外受精による、こどもの誕生過程を以下の6種類にカテゴリー分類している。
① 通常の体外受精(顕微授精で無い)で、新鮮胚移植
② 通常の体外受精(顕微授精で無い)で、凍結鮮胚移植
③ 射出精子を用いた顕微授精で、新鮮胚移植
④ 射出精子を用いた顕微授精で、凍結胚移植
⑤ 精巣(精巣上体)精子を用いた顕微授精で、新鮮胚移植
⑥ 精巣(精巣上体)精子を用いた顕微授精で、凍結胚移植
以下の3つの項目に関して、分析している。
- 自閉症や精神発達遅滞の発生する相対危険度を、自然妊娠例を対象としてカテゴリー別に解析した。
- カテゴリー①を対照に、体外受精・胚移植法のちがいによる、自閉症や精神発達遅滞の発生する相対危険度を解析した。
- サブ解析として、両親の年齢・児の誕生した年・多胎か単胎か・満期産か否か が自閉症や精神発達遅滞発生に与える影響を検討した。
結果(画像をクリックして拡大)
まず、おおざっぱに解析をして、上記1に関しては、体外受精で誕生した児の、自閉症発生率は100000 person-years(観察人年)あたり、自然妊娠で15.6、体外受精で19.0であり、相対危険度は1.14であった。精神発達遅延は、100000 person-yearsあたり、自然妊娠で39.8、体外受精で46.3であり、相対危険度は1.18であった。つまり、いずれも体外受精の方が高いというわけです。しかし、単胎に限って言えば、相対リスクはそれぞれ0.89と1.01になり、有意差は無くなります。日本に限っていえば、現在移植卵数を、ほとんどの場合1個にしているので、多胎妊娠がとても少なくなっているので、自閉症・精神発達遅延に関しては体外受精がリスクにならないとも考えられます。
さらに、解析を行なっています。生殖医療に携わる者であれば、誰しも懸念している所ですが、体外受精の手技別にみた場合に、自閉症や精神発達遅滞の発生率はどうなのでしょうか?
上記2に関しては、
精巣(精巣上体)精子を用いた顕微授精・新鮮胚移植は通常の体外受精・新鮮胚移植に比べて、自閉症発生の相対危険度は、4.60になります。
また、早産の場合は相対危険度が、9.54になりますが、単胎の場合には早産は危険因子でなくなります。
どうも、外科的に採取した精子は分が悪そうです。
精巣(精巣上体)精子を用いた顕微授精・新鮮胚移植は通常の体外受精・新鮮胚移植に比べて、精神発達遅延の相対危険度は、2.35になります。しかし、この差は、単胎の場合にはなくなります。
射出精子を用いた顕微授精・新鮮胚移植 の場合は、通常の体外受精・新鮮胚移植に比べて、精神発達遅延の発生の相対危険度は1.47になりますが、顕微授精・凍結胚移植では、この差は無くなります。単胎の場合でも、射出精子を用いた顕微授精・新鮮胚移植 の場合は、相対危険度が1.60のまま残ります。
どうも、顕微授精は分が悪そうですが、単胎妊娠の場合には、危険因子では無くなる場合が多いようです。
使用した精子が射出精子か精巣精子かによって検討すると、自閉症発生は、精巣(精巣上体)精子を用いた場合の相対危険度は3.29になります。
早産の場合は、相対危険度はさらに増して、8.06になりますが、単胎に限ればこの差は無くなります。
精神発達遅延は、顕微授精を行なった場合は通常の体外受精に比して、相対危険度が1.51になり、単胎の場合でも1.50、早産の場合でも1.73と同様の危険度であった。
精巣(精巣上体)精子で相対危険度が上がったのは、早産の場合のみであった。
体外受精の手技で比較した場合、胚盤胞移植とそれ以外、凍結胚移植と新鮮胚移植で、自閉症や精神発達遅延の危険度に差は認められなかった。
上記3に関して
自閉症や精神発達遅延の発生に、不妊治療の年代・不妊歴・男児が女児か、ホルモン治療の有無は、危険因子ではなかった。
以上をまとめると、体外受精は自然妊娠と比較すれば、自閉症・精神発達遅延の発生のリスクを上げるが、単胎・満期産であれば、このリスクを軽減することが可能である。
精巣(精巣上体)精子を用いる場合は、自閉症・精神発達遅延の発生のリスクが上昇する。
このことから、そもそも自閉症・精神発達遅延の子どもが生まれてくる絶対数は少ないのではあるが、男性不妊患者カップルで体外受精を開始するに当たって、これらのリスクもICすべきだと思います。