クラインフェルター症候群(Klinefelter syndrome)をご存じでしょうか?

染色体構成が47,XXY(通常の男性は46,XY)であり、性染色体のうちX染色体が1本多いことが原因で起こる症候群のことです。

クラインフェルター症候群は、外性器の発育障害(小さな精巣・小さなペニス)、無精子症・精巣機能低下症(血中のテストステロン値が低い)・女性化乳房などの症状を持っています。確定診断は、血液検査で染色体が、47,XXYや48,XXXYや46,XY/47,XXYのように、余分なX染色体を含むことでなされます。

その頻度は、1000人に1人前後と、染色体異常としてはもっとも多いものです。

クラインフェルター症候群は、その症状の出方が大変大きな幅を持っています。

小児期(出生直後から思春期まで)に診断される場合は、外性器の発育障害や外性器奇形があり、その精査の一環として染色体分析がなされたために確定診断に至ったというケースがほぼ100%を占めます。別の言い方をすれば、そうでも無ければ、こどもの染色体検査をルーチーンで行なう事はありません。

少し、本題をはなれますが、現在出生前診断を推進している人々の間では、性染色体検査も出生前診断に組み入れるべきだと主張する人もおられます。この、問題に関しては、別の日にお話ししたいと思います。

多くの、クラインフェルター症候群の人は、男性不妊症患者として僕たちの、男性不妊外来に診察に訪れます。最初は、精子が少ない(乏精子症)や精子が居ない(無精子症)として、紹介受診するケースが大多数です。一連の男性不妊検査の過程で、染色体分析を受け、クラインフェルター症候群である事が判明します。

先に、クラインフェルター症候群は無精子であると書きましたが、正しくは無精子のことが多いと言うべきでしょう。

46,XY/47,XXYのモザイク構造を持ったクラインフェルター症候群の人のみならず、純粋に47,XXYの人の場合でも、乏精子症のクラインフェルター症候群も、少ないですが存在します。

ここで、本題です。

クラインフェルター症候群の人で、精子のいる割合は年齢とともに低くなるのです。

これは、無精子症のクラインフェルター症候群の人で、精巣からの精子採取率も、30.5-35歳を境に低下する事が、僕たちの研究が世界に先駆けて証明し(Okada H, et al. Age as a limiting factor for successful sperm retrieval in patients with non mosaic Klinefelter’s syndrome. Fertil. Steril. 84: 1662-1664, 2005)、(画像をクリックして拡大)(Table 1)
Table-1-2013.7.23
Table 1 2013.7.23

最近同様のデータが、次々に発表されています。

Emre Bakircioglu, et al. Aging may adversely affect testicular sperm recovery in patients with Klinefelter syndrome. Urology 68: 1082-1086, 2006.(画像をクリックして拡大) (Table 2)
Table-2-2013.7.23
Table 2 2013.7.23

Ferhi et al. Age as only predictive factor for successful sperm recovery in patients with Klinefelter ‘s syndrome. Andrologia 41:84-87, 2009.(画像をクリックして拡大) (Table 3)
Table-3-2013.7.23-1
Table 3 2013.7.23

このこと、すなわち年齢とともにクラインフェルター症候群のひとでは、精巣での精子形成が低下する事が問題なのです。

現在、不妊症以外で思春期または思春期以前に、クラインフェルター症候群と診断されるのは、低身長・女性化乳房・思春期が遅いなどで、染色体検査を受けて、初めて診断が確定した場合です。

このような場合に、子ども(両親を含めて)はどのように精子形成のことや、将来の妊孕性のこと、妊孕性温存の手立てについて、説明していったら良いのでしょうか?

ヒントを与える論文が、発表されました。The feasibility of fertility preservation in adolescents with Klinefelter syndrome. Rives N, et al. Human Reproduction 28: 1468-1479, 2013.

この論文では、思春期のクラインフェルター症候群患者(児)(もちろん結婚前)に対して、妊孕性を確かめるためにまず精液検査を行ない、精子が存在した場合は凍結保存を行ない、無精子の場合は両側精巣生検を行なって、精子形成を確かめて、精子形成細胞が存在すれば、凍結保存を勧めています。

ここで重要なのは、先に挙げた3論文で明らかになったように、クラインフェルター症候群の人では、年齢が進むと精子形成が無くなって行くということです。折角、思春期以前(中)にクラインフェルター症候群であることが判ったのですから、積極的にとらえて将来の妊孕性温存のための手段を講じた、という点です。

さらに、重要な点は、これらの患者(児)とその両親に、いかに説明を行ない、同意を得たかと言う過程です。

I. まず、患者本人と両親の同席の元に、クラインフェルター症候群に関する一般的な知識と、クラインフェルター症候群の妊孕性に与える影響について、どの程度知っているかを尋ねます。

そして、医療者側からは、X染色体が1つ多いことが、精子形成を低下させ、次第に無精子になることを、説明します。

II. 次に、クラインフェルター症候群の人が、子どものいる家庭を築いて行く手段について、次のようなオプションがある事を説明します。

①      精液ないしは精巣から採取された、自分の精子を用いて生殖補助技術(ART)を行なう。そのためには、精子が採取できたら、凍結保存する。
②      他人の精子供給を受ける(AID)ないしは養子縁組。
③      成人になってから精子形成能は調べる。


III. 次に、母親、父親、患者(児)本人に個別に、妊孕性温存に対する自分の希望(精液採取・精巣生検して精子ないしは精子形成細胞を凍結保存)について、尋ねます。

こうした説明を行なった上で、両親を退出させて、患者本人に、自分の妊孕性と精液検査についての希望を尋ねます。通常、勃起・マスターべーション・射精という意味がわからず困惑することが多いと述べています。


IV. この1回目の相談の後に、精液検査をします。3ヶ月おいてもう1-2回精液検査を行ないます。

精液検査結果は、患者と両親に知らされます。


V. 無精子症であれば、精巣生検を行い、精子ないしは精子形成細胞を凍結保存することを勧めます。

これに先立ち、精子回収の予測因子は無いこと、精子形成細胞を用いた成熟精子作出は現時点では、ヒトには応用されておらず実験段階である事を説明します。

 

VI. 次に、患者は臨床心理士と面接し、妊孕性温存のための手段を講じることの、気持ちの確認を行ないます。

 

VII. そして、患者(児)と両親が承諾をした旨を署名します。

 

両側精巣生検・精子ないしは精巣組織の凍結保存を行ないます。


VIII.生検結果は、患者と両親に知らされます。

この論文では、8例のクラインフェルター症候群の患者(児)が対象となり、精液検査は全員が受け、1人は乏精子症でありました。残りの7人は無精子症であり、このうちの4人が精巣生検を受けました。その結果はTable 4(画像をクリックして拡大)にまとめておきました。
Table-4-2013.7.23
Table 4 2013.7.23

この結果については、次回に詳しく説明しましょう。

今回の大事なことは、成人になる前のクラインフェルター症候群患者(児)で、妊孕性温存のための処置を行なうためには、慎重な段階を追った説明が必要であるという事です。

このためには、かなり習熟したチーム医療の確立が、急がれるともいませんか?