下の毛の処理はエチケット?

最近の男性不妊患者さんの中には、体毛のほとんど無い(ツルツルの)人が増えてきています。髭だけではなく、脇毛、スネ毛、そして陰毛(恥毛:pubic hair)までも無いのです。どう見ても先天的に体毛の薄い(無い)人とは思えないので、「どうして処理しちゃったの?」と尋ねると、異口同音に「何となく汚いし、相手に対するエチケットですよ」という答えが返ってきます。

それでは、毛の処理には(むだ毛の処理には)男性よりも長い歴史のある女性の場合はどうなのでしょう?

米国のインディアナ大学のHerbenickらが興味深い報告をしています。(Herbenick D, et al. Pubic hair removal and sexual behavior: Finding from a prospective daily diary study of sexual active women in the United States. J. Sex Med 10: 678-685, 2013)

Herbenickらは、アメリカ、イギリス、オーストラリアで若い女性を中心に、pubic hairを全部処理してツルツルにしてしまう人が急増していることを2005年ぐらいから気付いていました。

そこで、この原因がセックスにあると考えて、pubic hairを処理することとセックスの関連を、インターネットを用いて調査しました。方法は、手の込んだもので、セクシュアルヘルス、ウィメンズヘルスと健康に関する情報を供給したりレスビアンやバイセクシュアルな人たちに、健康に関する情報を発信するWeb上のサイトで、18歳以上でsexually activeな参加者を募ります。

ここで重要なのはsexually activeの定義です。1ヶ月に4回以上、自分でマスターベーションをする、パートナーと経膣性交ないしはアナルセックスをする、パートナーにマスターベーションをしてもらうこと、と定義しています。この条件に合致した人に、5週間毎日性行動やpubic hairの処理についての日記を書いてもらうのです。

過去のことを思い出しで記載するのでは無く、毎日日記を付けるようにメールが届き、これに反応して毎日書き入れてメールで返信するのです。そして、全てのデータを5週間記入できた人は、ご褒美(インターネット上で使えるギフトカード)をインセンティブとしてもらえるのです。

なんと、2354人のデータが集まりました。この参加者の背景を見ますと、(画像をクリックして拡大・Table 1)のようになります。

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table 1. 2013.9.14

結婚している、ヘテロセクシュアルな白人女性が大多数を占めています。参加者の平均年齢は32.69歳でした。

一体どのくらい、pubic hairの処理をしているのでしょうか?

調査した5週間の間に57.5%の女性が1回以上pubic hairの処理をしています。そしてその手段は99%がカミソリでの手入れです。残りはWaxやエステサロンでの永久脱毛です。

日本でのデータはありませんが、着実に増えていると思います。

次に、pubic hairの処理をした当日に外性器の症状やセックスに関連して何をしたかを調べています。(画像をクリックして拡大・Table 2)

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table 2 2013.9.14

何が彼女たちにpubic hairの処理をさせるきっかけになったのでしょうか?

Pubic hairの処理と有意に関連しているのは、年齢が若いこと、セックスに興味があること、膣に何らかの症状がある、外性器にクリームを塗っている、膣に指を挿入する、指でクリトリスを刺激する、夫以外のセフレがいる、と言う因子が浮かび上がって来ました。

これは、どう解釈すれば良いのでしょうか?

外性器にクリームを塗っているのは、カミソリまけを防ぐためと考えられます。そのほかは、性行動が活発化している事を示しています。

しかし、意外な事に経膣性交やアナルセックスはpubic hairの処理の有無とは関係しないようです。つまり、いつもセックスをしている配偶者(夫)とのセックスでは、pubic hairの処理はセフレに対する時ほど問題にならないようです。従って、相手に対するエチケットとは、セフレに対する事を意味するのです。

男性に関するデータはありませんが、ツルツルの下半身を見たら男性も女性も、その影にいる同性(異性)の他人にご用心。

やっぱり、男性型脱毛症の治療は精子力を弱めます

男性型脱毛症(AGA: antdrogenic alopecia)治療のため、抗男性ホルモン薬フィナステリドを使用している男性の数は、過剰なインターネット広告の影響か年々増加しています。

AGAの原因になっているのは、活性型のテストステロンであるDHT(ジヒドロテストステロン)である事が突きとめられました。そして、このテストステロンをDHTに転換するのに必要な酵素である5還元酵素(type 1とtype 2がある)のtype 2を押さえてしまう薬が開発されました。フィナステリド(商品名プロペシア)という薬です。元々、前立腺肥大症の治療に、日本を除く世界中で1日5mgを使用する薬剤として広く使用されているものです。日本では、前立腺肥大症に対する適応は取れていませんが、2005年に万有製薬(現在のMSD)からAGAに対する治療薬として、1日1mgを使用する薬剤として、発売されています。

精子形成には精巣内にテストステロンが存在する事が必要条件になっていますが、その活性型のDHTがいかに精子形成に関わるのかについては、十分な証拠は確立されていません。というのは5還元酵素type 2が生まれながらにして存在しない人でも、精液量は減少しますが精子濃度に異常の無い場合が多いことが知られています。

Ovestreetらは、妊孕性のある正常男性に1mg/日のフィナステリドを与えて精液検査に影響を与えないと報告しており(Overstreet, et al. Chromic treatment with finasteride daily does not affect spermatogenesis or semen production in young men. J. Urol. 162: 1295-12300, 1999)、これが元になってフィナステリドは精子形成に問題は無いと考えられていました。しかし、拙著「男を維持する『精子力』」にも書きましたように(ベビーが欲しければ、フサフサ頭は諦めろP22-P25)hon_130709、AGA治療中で精液所見に異常のある男性不妊の患者さんで、フィナステリドを中止すると精液検査の結果が改善して、自然妊娠が成立した例を少なからず経験しています。

同じような症例報告を、神戸大学の千葉先生らもしています。(Chiba K. et al. Finasteride-associated male infertility. Fertil. Steril. 95: 18786-1789, 2011)

最近、もっと大規模な報告がカナダのMount Sinai病院のSamplaskiらによってなされました。(SamplaskiWK, et al. Finasteride use in the male infertility population: effects on semen and hormone parameters. Fertil. Steril. 2013. Doi. Org/10.1016/j. fertnstert.2012.07.2000)

彼らは、Mount Sinai病院の2008年から2012年までの男性不妊データベースから、AGA治療中の患者を選び出し、この中で精液検査がAGA治療中と治療中断後になされている14例を対象に分析しています。

これによれば、高度乏精子症(精子濃度500万/ml以下)では精子濃度が15.9倍に、軽度乏精子症(精子濃度500万/mlから1500万/ml)では13.6倍に、正常精子濃度(1500万/ml以上)で3.14倍に増加しています。14例全体で見ると精子濃度は11.6倍に増加していました。精子運動率や正常形態精子率には変化がありませんでした。(画像をクリックして拡大・Table 1)

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table 1 2013.9.13

内分泌検査でLH, FSH, Tに治療中断前後で変化は見られませんでした。

この詳細な原因は不明ですが、正常男性と違い不妊男性はフィナステリドにより精子形成が影響を受け易い因子を持っているのかも知れません。
自然妊娠を目指すのでは無く、現在体外受精(顕微授精)をしているから精子の数は問題ないとお考えであれば、まちがっています。フィナステリドにより精子のDNA断片化率が上昇することが報告されています。

現在不妊治療中の男性不妊の患者さんたちは、頭髪の事はしばらく諦めて、AGA治療を中断する方が良いでしょう。お子様を持つ夢が叶う方が、きっと大事だと思います。

不妊カップルのセックスの回数はどのくらいなのですか?

不妊に悩むカップルは、不妊期間が長くなればなるほど精神的ストレスが多くなり、婚姻関係を維持することが困難になったり、生活の質が落ちることが知られています。

よく患者さんから質問される内容です。また、多くのツイッター記事やブログ記事が、ネット上を飛び交っています。

さて、真実はどうでしょう?

私たちのデータでは、興味深い結果が出ています。セックスの回数は年齢に応じて段々少なくなって行くことは、想像がつくことですね。年代で違いがあるのでしょうか?

治療開始する前(精液検査する前・パートナーにタイミング法の指導や人工受精が行なわれる前)の不妊カップルの男性(20歳から45歳)に調査しました。1985年に340の不妊カップルに2005年に565の不妊カップルに、セックスの回数を聞き取り調査しましたものです。

すると、1985年では20歳台で6.8回/月であったものが40歳台では1.5回/月に減少しました。これに対して、2005年の調査では20歳台で4.4回/月であったものが40歳台では1.1回/月に減少しました。いずれの年代でも1985年よりも2005年の方がセックスの回数が少なくなっていたのです。平均して5.5回/月から2.8回/月に半減したのです。

さらに調査すると、タイミング法やAIHによる治療が始まると全ての年代で、1回以下/月に激減するのです。

あなたの場合はどうでしょうか?

さて、外国の場合はどうなっているのでしょうか?この答えは、最新のアメリカ生殖医学会のオフィシャルジャーナルFertility & Sterilityに掲載されたPerisらのトロントの不妊カップルを対象としたデータにあります。(Peris N. et al. Coital frequency and infertility: which male factors predict less frequent coitus among infertile couples? Fertil Steril 100: 5-11-515, 2013)

この論文の結果によればは、不妊カップルの平均セックス回数は7回であり、これは不妊以外の人が入った一般のカップルのセックスの回数と同じである事が判りました(なんと40回/月の人もいます)。(画像をクリックして拡大・Fig.1)
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Fig12013.9.10
セックスの回数に影響する因子は、年齢・不妊期間・性機能・精子濃度であると報告しています。(画像をクリックして拡大・Table 1)
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Table 1 2013.9.10

日本での、詳しいデータはありませんので、現在解析中です。少なくとも、1985年の時点ではPerisらのデータに近いものがあります。私たちのデータが論文になりましたら、改めて報告します。

コエンザイムQ10(CoQ10)は精子力を上げるのですか?

サプリメントの中には、大きく分けて食品などから有効成分を抽出したものと有効成分を化学合成したものがあります。

前者の代表が、ピクノジェノール・トンカットアリ・マカ・セサミンなどです。後者の代表はビタミン類(Vit. C, Vit E)やコエンザイムQ10(CoQ10)などです。

前者の場合は、一般的に有効成分の含有量が少ないため、多量(錠剤やカプセルの場合1日10錠や10カプセル以上)を飲む必要があります。これに対して、後者の場合は有効成分そのものを用いるため、錠剤やカプセルの飲む量を1日2錠や2カプセルに減らすことが出来ます。

私たちは、CoQ10に着目して、20年ほど前から医科用のCoQ10としてノイキノンを男性不妊患者に自由診療で用いてきました。ノイキノンは10mg錠ですので、1日6-9錠を服用して頂き、運動性の改善効果を認めてきました。特に、精索静脈瘤患者には有用性が高いため、手術前の期間に服用して頂いていました。(画像をクリックして拡大・Fig. 1 unpublished data)
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Fig. 1 2013.9.7

最新のCoQ10と男性不妊に関する報告をご紹介しましょう。

イタリアのFesta,RらがAndrologiaに発表したものです。(Festa R, et al. Coenzyme Q10 supplementation in infertile men with low-grade varicocele: an open uncontrolled pilot study. Andrologia. 2013 Aug 22. doi: 10.1111/and.12152. [Epub ahead of print])

19歳から40歳の、grade Iないしgrade IIの精索静脈瘤以外に原因の明らかでない男性不妊の患者に、CoQ10を100mg/日投与して、精液検査のパラメータの変化と精液の総抗酸化能を、投与前後で比較しました。

12週間の治療前後で、精子濃度・精子運動率が有意に改善し、精液の総抗酸化能は有意に増加したと報告しています。(画像をクリックして拡大・Table 1)
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table 1 2013.9.7

この論文で重要なのは、以前に無力精子症(asthenozoospermia)の男性不妊患者さんに、CoQ10とプラセボ(偽薬)を飲んでもらった二重盲検試験(最も厳しい臨床試験)で効果の確かめられていたCoQ10の使用を、精索静脈瘤患者さんに限定しているところです。(Balercia G, et al. Coenzyme Q10 treatment in infertile men with idiopathic asthenozoopsermia: a placebo-controlled, double-blind randomized trial. Fertil. Steril. 91: 1785-1792, 2009)

これは、精索静脈瘤患者さんの精巣内には酸化物質が増加しているために、これを打ち消す役割を果たすCoQ10が有用であると主張する私たちのデータを補完するものになりました。

現在、さらに抗酸化作用を強化したサプリメントが、精子力向上に有用である事を示したデータを投稿中です。出版されましたら、改めてご紹介いたします。

職場の環境は精子力に影響しますか?

男性不妊外来患者さんから、よく尋ねられる事に、自分の働いている環境が男性不妊の原因になっていないか?と言う質問があります。

これに対する、疫学調査がこれまでにも行なわれていますが、全く異なった結果が出ている2つの報告をご紹介しましょう。

エジプトからの2010年の報告です。(El-Helally, M. et al. Workplace exposure and male infertility-A case-control study Int. J Occup. Med. Envir. Health. 23: 331-338, 2010)

不妊を主訴に来院した男性患者で精液検査の結果の異常のあるものを、男性不妊群として、対照群は同施設を出産のために訪れている人のパートナーで精液検査結果に異常のないものとしています。
不妊群と対照群には、年齢差は無く、教育程度・収入・住んでいる地域(都会か田舎か)などの社会経済的背景に大きな差がありませんでした。

この調査結果、有機溶媒やペンキ・鉛・コンピュータ端末・シフト労働・仕事のストレス・喫煙・肥満度(BMI)が不妊要因として抽出されてきました。((画像をクリックして拡大・Table 1)
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Table 1 2013.9.1

これらは、これまでの論文でもたびたび指摘されてきた事柄です。

では、もう1つの論文ではどうでしょうか?

アメリカからの2005年の報告です。(Gracia CR. Et al. Occupational exposure and male infertility. Am J Epidemiol 162: 729-733, 2005)

12ヶ月以上の不妊歴があり、パートナーに婦人科的異常のない精液検査に異常のある無精子症でない人(過排卵させて人工受精を行なう臨床試験参加者のパートナーから抽出)を男性不妊群として、対照群は2年以内にパートナーが妊娠したひとで精液検査結果に異常のないひととしています。

この結果は、先の論文で指摘されたような有機溶媒やペンキ・鉛・コンピュータ端末・シフト労働・仕事のストレス・喫煙・肥満度(BMI)は不妊要因とはならず、コンピュータ端末と放射線暴露が、正常群が有意に不妊群よりも多い(男性不妊にはむしろ良い方に働く)結果となりました。((画像をクリックして拡大・Table 2)
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Table 2 2013.9.1
なかなか、受け入れがたい結論ですが、このような差はどうして生まれるのでしょうか?

それは、研究対象の抽出法にあります。疫学研究には最も大事で結果に大きな影響を及ぼす事です。例えば、運動量と体重の関係を調べる事は、比較的たやすく出来ます。なぜなら、測定する項目が肉体的にも精神的にも難しいものではありません。しかし、精子力を判断する精液検査が関連するとそうはいきません。精液検査は一般には行なわれていない検査で、正常群の抽出に偏りがでます。つまり、パートナーが妊娠した人に頼むわけですが、これを承知する人の割合は1/3程度で、かなりの人が辞退されます。つまり、パートナーが妊娠していて精液検査に応じてくれた人という偏りがあるのです(セレクションバイアスと言います。)研究対象を選ぶときに、精液検査が入ると疫学研究が難しくなる事は、お分かりいただけたと思います。

さて、今回の結果はどう解釈すれば良いのでしょう。

男性不妊患者さんには、「環境因子の精子力に与える影響に関しては、確実な報告はまだでていません。お仕事そのものを変えるは難しいでしょうが、これまでに悪いとされてきた要因は避けるようにするのが賢明でしょう」とお伝えしています。
医学は科学です、しかし、動物実験のように割り切れないのが、不妊症分野の疫学研究です。

男性不妊にマカはどうですか?

男性不妊外来に通院中の患者さんに尋ねると、実に様々な栄養補助食品(サプリメント)を服用しています。この中でも、ダントツに多いのが「マカ」であります。

マカはどんなサプリメントなのでしょう?

Lepidium meyeniiという学術名で呼ばれる植物の胚軸を乾かしたもので、古くからアンデスの高地に、滋養強壮剤として原住民に用いられてきた薬草です。乾燥した堅い胚軸を、粉末にしたりお湯で煮出したりしたエキスとして、用いられてきました。
南米各地をスペイン人が占領するに伴って、この植物の存在がヨーロッパに伝えられ、薬用に用いられるようになったのです。
さて、どんなところに生息するのでしょう。実は、ペルーのアンデスの中央部のJunin州のCarhuamayo地方と呼ばれる、標高4100mの高地に自生しているものなのです。(画像をクリックして拡大・Fig.1)
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Fig. 1 2013.8.27

この、厳しい環境に育つマカは大きく分けて、black, yellow, white macaの3種類があります。

そして、この中で滋養強壮に有用なのは、black maca(黒マカ)である事が知られています。


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(画像をクリックして拡大・Fig. 2)
Fig. 2 2013.8.27

ペルーからのレビュー論文(Gonzales GF Ethnobiology and Ethnopharmacology of Lepidium meyenii (Maca), a Plant from the Peruvian Highlands. Evidence-based Complementalry and Alternative Medicine 2012:193496. doi: 10.1155/2012/193496.)

実際に、標高4100mのCarhaumayoの住人を調査した結果、健康状態がマカの抽出物(エキス)を飲んでいる人が飲んでいない人よりも、40歳から70歳代の全ての年代で良好であった事が報告されています。(画像をクリックして拡大・Fig. 3)


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Fig.3 2013.8.27

いかにも精力を上げるのに役立ち、精子力も上げそうな気がするのですが、これまでに、動物実験ではどのような効果が照明されているのでしょうか?





 

Table-1-2013.8
Table 1に示しましたようにTable 1 2013.8.27、ラットやマウスやモルモットといった小動物では、精子数の増加や性行動の活発化などが報告されています。ウシのような大動物では、精子数と精子の質の向上が報告されています。さて、肝心なヒトの場合はどうでしょうか?

ヒトにおいては、ペルーでは古来から不妊の治療薬として用いられてきたようですが、現在マカが精液検査結果に影響を与えたとする論文は、ペルーからの1本しかありません。(Gonzales GF, et al. Improved sperm count after administration of Lepidium meyenii (maca) in adult men. Asian J of Andrology.3: 301-304, 2001)

しかも、たった9人のもともと精液検査で異常が無い人にmacaを4ヶ月服用してもらい、服用前の精液検査と比較したというものです。その結果は、精液量・総精子数・運動精子濃度・精子運動率が改善したと述べています。(画像をクリックして拡大・Table 2)
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Table 2 2013.8.27
しかし、その解析方法・サンプル数から見て到底、科学的根拠になるものではありません。
もう一つ大事なことは、これまでのマカの動物実験の論文にせよ、ヒトに対する効果を検討した論文にせよ、いずれもペルーの4000m級の高地で産生されたマカを用いているのです。

現在、日本国内で流通しているマカは、ほとんど低地栽培のマカであり、しかも多くがblack maca(黒マカ)ではありません。

すなわち、現時点ではマカが精液検査を改善したり、精子力を改善するという事を支持する根拠はありません。もう少し、慎重な解析結果がでてから、お使いになった方が賢明でしょう。

急に精子濃度が低くなりました

不妊症に治療中に精液検査を受けることは、治療方針を決める上でも重要な事ですので、多くの人が疑問をもたないことでしょう。頻回に精液検査が行なわれている例として、人工受精(AIH)中の患者さんカップルのことを例に取ってみましょう。

A夫さん(38歳)とB子さん(34歳)夫婦は、A夫さんの射精障害のために3年間の不妊期間を経て、不妊治療を行なっているクリニックを受診しました。そこでの、精液検査の結果では、精液量3ml、精子濃度4500万/ml、精子運動率75%、正常形態精子率25%(strict criteria)と異常を認めませんでした。射精障害の治療は行なわずに、まず一人目の子どもを授かりたいとして、人工受精を5回受けていました。この約8ヶ月の間に、精液検査の結果が段々悪くなったために、泌尿器科に紹介されました。(画像をクリックして拡大・Fig. 1, 2)
Fig. 1 2013.8.26
Fig 2 2013.8.26

初めは、4500万/mlの精子濃度は100万/mlに、精子運動率は75%が10%に激減しています。

さてここで注意をする必要があります。5回目の人工受精の時のように、精液検査の結果がとても悪い場合は、顕微授精を勧められるのではないでしょうか?

A夫さんは、幸いなことに泌尿器科受診を勧められました。精巣の超音波検査を行なうと、なんと直径5mmの精巣がんが見つかったのです。(画像をクリックして拡大・Fig. 3)A夫さんは、早速手術で精巣がんのある精巣を摘出しました。病理結果は、セミノーマで初期のがんであったため、追加の治療は必要ありませんでした。手術以後に、精巣は1つになったにもかかわらず、精液検査の結果は改善して、7回目の人工受精で妊娠が成立し、無事に女児を授かりました。Fig. 3 2013.8.26

精液検査の結果が不良な不妊症男性の場合、精液検査結果が正常な不妊症男性と比べて、精巣がんの頻度は1.6倍になると報告されています。(Jacobsen R, et al. Testicular cancer in men with abnormal semen characteristics: cohort study. BMJ 321: 789-792, 2000)

また、男性不妊の患者さんの精巣がん発生率は、子どものいる男性の20倍高いことが彷徨されています。(Raman JD, et al. Increased incidence of testicular cancer in men presenting with infertility and abnormal semen analysis. J Urol. 174: 1819-1822, 2005)

日本での精巣がんの頻度は、人口10万人あたり1-2人ですから、男性不妊患者さんの場合は、2500人から5000人に1人ということになります。しかし、この数字は、全男性人口での値ですので、生殖年齢(20-40)の男性に限って言えばさらに頻度は上昇し1000人から2000人に1人という数字になります。実際、我々の施設では、年間の男性不妊の新患数が1500人で、毎年1-2人の精巣がん患者が、発見されています。ほとんどの患者さんは早期がんで見つかるため、手術療法以外の追加治療がいりませんでした。

精液検査の結果が悪化した場合は、不妊治療をステップアップする前に、必ず泌尿器科専門医を受診しましょう。

季節によって「精子力」が変化するってホント?

男性不妊外来の診察では、精液検査が重要な検査になります。しかし、この値は、前回(2013年7月19日の精液検査の落とし穴Part 1.)にも書きましたように、精液の採取場所・時間・年齢・禁欲時間によっても大きな影響を受けます。

もう一つ大事な要素は、季節による差です。動物の場合は、繁殖シーズンがはっきりしていて、この時期以外は交尾回数も減りますし、妊娠は通常起こりません。ヒツジやヤギでは、繁殖シーズン以外では精巣(睾丸)の容積が小さくなりますし、下垂体から精子を作りなさいと命令するホルモンであるLH, FSHも50%低下する事が知られています。

さて、同じ事がヒトにも当てはまるのでしょうか?

まず、日本での出生率の季節変動を、見てみましょう。

①厚生労働省人口動態総覧からみた、月別出生数(画像をクリックして拡大・Fig.1)
7月8月9月と夏真っ盛りから、初秋にかけての出産数が多いことが判ります。
Fig. 1 2013.8.21

これを四季に分けてグラフにしてみると夏・秋が春・冬に対してずいぶん多いことが判ると思います。(画像をクリックして拡大・Fig.2)

Fig.2 2013.8.21

ヒトは、他のほ乳類ほどは繁時期がはっきりしていません。この原因はどこにあるのでしょうか。出生の季節から見ると、性交して妊娠したのは、その前年の秋から初冬にかけてであることが判ります。

それでは、精液所見(精液量・精子運動率・精子運動速度・正常形態精子率・禁欲日数)に季節変動はあるのでしょうか?

これに関しては、最新のイスラエルからの論文がでました。Levigu E, et al. Seasonal variations of human sperm cells among 6455 semen samples: a plausible explanation of a seasonal birth pattern. Am J Obstet Gynecol 208:406. e1-e6. 2013です。

彼らは、解析に当たり4060サンプルの精子濃度2000万/ml以上の正常精子濃度検体と1495サンプルの400万~19990万/mlの乏精子症検体に分けました。
この結果、精液量や禁欲日数は季節変動しないのですが、精子濃度は冬から春に上昇し、総運動精子濃度は夏から秋にかけて上昇しました。ここで注意が必要なのは、自然妊娠に大きな影響を持っている高速運動精子は秋から冬にピークを迎えたという事です。さらに、自然妊娠に重要な正常形態精子率はやはり冬が高いということです。(Table 1)

総合的に見ると、「精子力」は春から夏に向かって低下し、秋から冬に上昇すると結論されています。正常精液所見の男性から生まれた子どもの数は、これを実証するように、このイスラエルの施設では、夏から秋にかけて上昇する事が判りました。(画像をクリックして拡大・Fig.3)

Fig.3 2013.8.21

一方、乏精子症のサンプルでは、精液量・禁欲日数・高速運動精子率には季節変動は無く、総運動精子率は秋に高値と成りましたが、これは、自然妊娠に寄与することが少ない低速運動精子率が増加した事によるものでした。さらに、正常形態精子率は春と秋に高くなるなど、季節毎に精液所見の各パラメーターが連動して動く結果とは成りませんでした。(画像をクリックして拡大・Table 1)

Table 1 2013.8.21

そこで、著者らは精子濃度が2000万/ml以上の不妊カップルの場合は冬に、1990万/ml以下の不妊カップルの場合は、春と秋に子作りに励むことを奨励しています。

さて、いかがなものでしょうか?
と言いますのは、この研究の結論には問題点があります。①1年間の気温差が比較的小さいイスラエルでなされたこと、②季節による性交回数が考慮されていないこと、です。
より、四季の区別のはっきりした日本でのデータを作る必要があります。

次回は、季節による性交回数の変化について解説します。

悪性腫瘍治療後の精子形成

悪性腫瘍の患者さんの精子形成はどうなっているでしょうか?

「悪性腫瘍(がんや肉腫)そのものの治療のことで精一杯で、精子形成や妊孕性のことなんか考えられない。」と言う患者さんが多いでしょう。しかし、治療法の進歩で、完治する悪性腫瘍がどんどん増えてきています。とくに、生殖年齢で悪性腫瘍に罹った男性にとっては、自分の妊孕性(こどもを作る能力)について無関心ではいられません。

2つの疑問が浮かびます。

①治療開始前から精子形成は悪いのでしょうか?
②治療(抗がん剤や放射線照射)が精子形成に影響するのでしょうか?

まず①についてです。

悪性腫瘍の患者さんの精液検査をした論文を調べてみました(Chung K, et a. Sperm cryopreservation for male patients with cancer: an epidemiological analysis at the University of Pennsylvania. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol 113 (suppl 1): S7-S11, 2004)。

すると、精巣がんでは治療開始前に28%の患者さんが乏精子症でした。男性不妊患者さんでは、精巣がんの患者さんの頻度が高いことが知られています。ホジキンリンパ腫では25%が、白血病では57%が、消化器がんでは33%の患者さんが、乏精子症ないしは無精子症でした。これは、一般の乏精子症や無精子症の頻度よりも数倍高いことから、悪性腫瘍そのものが精子形成に影響を与えていると考えられています。

しかし、どういうメカニズムで精子形成に影響を与えるかに関しては、残念ながら未だに定説はありません。

次に②についてです。

精巣は骨髄と同様に、活発に細胞分裂をして新しい細胞(精子)を作り出しています。抗がん剤や放射線照射は、細胞分裂を阻害することが知られていますので、精子形成が障害される事は周知の事実です。では、治療後に精子形成は回復するのでしょうか。

精巣がん、ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫、膀胱がん、前立腺がん、甲状腺がんの患者さんについてまとめたものがTable 1です。(Trottmann, et al. Semen quality in men with malignant diseases before and after therapy and the role of cryopreservation. Eur Urol 52: 355-367, 2007)(画像をクリックして拡大・Table 1)
スライド1
Table-2013-0814
精巣がんの場合は、抗がん剤治療後にかなり精子形成は戻ってきます。しかし、精巣そのものに放射線を照射した場合は、3Gyの一回だけでも精子形成はグンと低下します。

ここで重要なことは、少ない量を分けて照射する(分割照射)方が、精子形成には重大な影響を及ぼすという事です。

リンパ腫の治療は多種類の抗がん剤の組み合わせで行ないますが、ホジキンリンパ腫に対する抗がん剤の方が非ホジキンリンパ腫に対する抗がん剤よりも、精子形成に悪影響があります。

さらに重要なことは、リンパ腫や白血病の患者さんの治療で用いられる、骨髄移植ですが、cyclophospamideのみの使用であれば精子形成には大きな影響はないのですが、全身放射線照射をした場合は、精子形成に甚大な障害があるということです。

初期の膀胱がんでは、内視鏡手術の後に膀胱内に再発を防ぐために、MMCやBCGを注入するのですが、BCG注入により乏精子症になると言う報告があります。
前立腺がんの放射線治療のなかで最近急速に広まっているのが、前立腺組織内に放射線を放出する線源を埋め込む、密封小線源治療です。この治療法は精子形成に影響ないようですが、体外から前立腺部に放射線照射をする方法では、精子形成は低下すると報告されています。
骨肉腫の抗がん剤治療は、強い精子形成障害があり、治療終了後長期間精液所見の悪化があります。同じ肉腫でもEwing肉腫などの軟部組織肉腫に対する抗がん剤治療の場合は、治療後に高い割合で精子形成は正常化します。
放射性同位元素131Iを用いた甲状腺がん治療は、一旦は全身を131Iが循環しますが、精子形成には影響はありません。

こうしてみると、治療開始前に精子が採取出来るのであれば、精子の凍結保存をすることが大切である事が判りますよね。

医療従事者の場合は生殖年齢の患者さんであれば、精子凍結保存の話を必ずする必要があります。患者さんの場合は、悪性腫瘍の治療のことで精一杯でしょうが、主治医と相談して精子凍結保存を、積極的に行なって欲しいと切に願うものです

うつ病治療薬で「精子力」低下

男性不妊外来の患者さんで、抗うつ薬を処方されている患者さんが多いのに気づいていました。また、最近ちょくちょく、抗うつ薬の精子力に対する影響について、患者さんから尋ねられますので、調べてみました。

まず、うつの患者さんはどのくらいいるのでしょうか?

これには、公式な臨床統計はないため正確な答えが無いのが現状です。

唯一あるのは、厚生労働省が3年毎にまとめている、「患者調査」の結果をまとめなおしたものです。

今回参考にしたのは、本川裕氏による患者調査図録です。これによれば、37万人余りの男性患者が存在する事になります。ここで、注意が必要な点があります。(画像をクリックして拡大・Fig. 1)
Fig-1-2013.8
Fig 1. 2013.8.11

厚生労働省の調査方法は、10 月中旬の3 日間のうち医療施設ごとに定める1 日を調査の時期とし、総患者数は以下の算式により推計をしたものである。

総患者数=入院患者数+初診外来患者数+再来外来患者数×平均診療間隔×調整係数(6/7)と言う点です。すなわち、患者数の全国規模の集計ではなく、あくまで医療機関を受診している患者数からの推計であるという点です。

また、本来違う疾患である、うつと躁うつ病を含む気分「感情」障害患者数を推計しているものであり、うつ病のみの統計は存在しません。

この、図表から見る限り1996年と比較して2011年には、患者数は倍増しています。

さて、これらの患者さんにはどのような治療がなされているのでしょうか?

十分な休養・薬剤治療・精神用法が組み合わされて行なわれます。この中の薬剤治療で抗うつ薬として、広く用いられているのはSSRI(選択的セロトニン再吸収阻害薬)・SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再吸収阻害薬)・NaSSA(ノルアドレナリン作動性、特異的セロトニン作動性抗うつ薬)・三環系抗うつ薬・四環系抗うつ薬の5種類があります。

これまでには、SSRIが射精障害を引き起こすことは数多く報告されています。実際、この作用を用いて早漏の治療薬になっています(ただし適応外使用のために保険診療ではありません)。しかし、精子力に対しての報告はほとんどありません。

調べてみると、イランのReza, Mらによる報告では、精子力に悪影響がありそうです。Reza M, et al. Sperm DNA damage and semen quality impairment after treatment with selective serotonin reuptake inhibitors detected using semen analysis and sperm chromatin structure assay. J Urol. 180: 2124-2128, 2008.

対象:50歳以下でSSRIを6ヶ月以上服用しているうつ病患者さん74人。同年代で、精液検査で異常の無い44人を対照。

精液検査の結果(精子濃度・精子運動率・正常形態精子率・DNA断片化率)を患者さんと正常対照ボランティアで比較。さらに、SSRIでの治療期間と上記の精液検査の結果の関係を検討した。

SSRIを使用している患者さんは、正常の人よりも精子濃度・精子運動率・正常形態精子率ともに低いことが判りました。さらに精子力に重要なDNA断片化率はSSRIを使用している患者さんでは、正常の人よりも高い事が判りました。つまり、SSRIを使用している患者さんでは、精子力が低下しているのです。さらに、SSRIの使用期間が長くなる程、精子濃度・精子運動率・正常形態精子率は低くなることが判りました。さらに、DNA断片化率は、SSRIを使用している期間が長いほど、高くなり精子力が低下する事が判りました。(画像をクリックして拡大・Table 1)
Table-1-2013.8
Table 1 2013.8.11

この原因は詳しくはわかっていませんが、以下のようなメカニズムが想定されています。

①セロトニンが銅イオンの存在下では活性酸素(hydroxyl radical)を産生することで、精子DNAに損傷を与える。

②SSRIによる射精障害のため、精子輸送が傷害され精路通過時間の増加で精子DNAの損傷を与える(脊髄損傷患者と同じ)。

うつ病は、不妊治療よりもその治療が優先されますが、うつ病の治療薬が精子力を低下させている可能性もあるのです。

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