男性不妊外来の患者さんで、抗うつ薬を処方されている患者さんが多いのに気づいていました。また、最近ちょくちょく、抗うつ薬の精子力に対する影響について、患者さんから尋ねられますので、調べてみました。
まず、うつの患者さんはどのくらいいるのでしょうか?
これには、公式な臨床統計はないため正確な答えが無いのが現状です。
唯一あるのは、厚生労働省が3年毎にまとめている、「患者調査」の結果をまとめなおしたものです。
今回参考にしたのは、本川裕氏による患者調査図録です。これによれば、37万人余りの男性患者が存在する事になります。ここで、注意が必要な点があります。(画像をクリックして拡大・Fig. 1)
Fig 1. 2013.8.11
厚生労働省の調査方法は、10 月中旬の3 日間のうち医療施設ごとに定める1 日を調査の時期とし、総患者数は以下の算式により推計をしたものである。
総患者数=入院患者数+初診外来患者数+再来外来患者数×平均診療間隔×調整係数(6/7)と言う点です。すなわち、患者数の全国規模の集計ではなく、あくまで医療機関を受診している患者数からの推計であるという点です。
また、本来違う疾患である、うつと躁うつ病を含む気分「感情」障害患者数を推計しているものであり、うつ病のみの統計は存在しません。
この、図表から見る限り1996年と比較して2011年には、患者数は倍増しています。
さて、これらの患者さんにはどのような治療がなされているのでしょうか?
十分な休養・薬剤治療・精神用法が組み合わされて行なわれます。この中の薬剤治療で抗うつ薬として、広く用いられているのはSSRI(選択的セロトニン再吸収阻害薬)・SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再吸収阻害薬)・NaSSA(ノルアドレナリン作動性、特異的セロトニン作動性抗うつ薬)・三環系抗うつ薬・四環系抗うつ薬の5種類があります。
これまでには、SSRIが射精障害を引き起こすことは数多く報告されています。実際、この作用を用いて早漏の治療薬になっています(ただし適応外使用のために保険診療ではありません)。しかし、精子力に対しての報告はほとんどありません。
調べてみると、イランのReza, Mらによる報告では、精子力に悪影響がありそうです。Reza M, et al. Sperm DNA damage and semen quality impairment after treatment with selective serotonin reuptake inhibitors detected using semen analysis and sperm chromatin structure assay. J Urol. 180: 2124-2128, 2008.
対象:50歳以下でSSRIを6ヶ月以上服用しているうつ病患者さん74人。同年代で、精液検査で異常の無い44人を対照。
精液検査の結果(精子濃度・精子運動率・正常形態精子率・DNA断片化率)を患者さんと正常対照ボランティアで比較。さらに、SSRIでの治療期間と上記の精液検査の結果の関係を検討した。
SSRIを使用している患者さんは、正常の人よりも精子濃度・精子運動率・正常形態精子率ともに低いことが判りました。さらに精子力に重要なDNA断片化率はSSRIを使用している患者さんでは、正常の人よりも高い事が判りました。つまり、SSRIを使用している患者さんでは、精子力が低下しているのです。さらに、SSRIの使用期間が長くなる程、精子濃度・精子運動率・正常形態精子率は低くなることが判りました。さらに、DNA断片化率は、SSRIを使用している期間が長いほど、高くなり精子力が低下する事が判りました。(画像をクリックして拡大・Table 1)
Table 1 2013.8.11
この原因は詳しくはわかっていませんが、以下のようなメカニズムが想定されています。
①セロトニンが銅イオンの存在下では活性酸素(hydroxyl radical)を産生することで、精子DNAに損傷を与える。
②SSRIによる射精障害のため、精子輸送が傷害され精路通過時間の増加で精子DNAの損傷を与える(脊髄損傷患者と同じ)。
うつ病は、不妊治療よりもその治療が優先されますが、うつ病の治療薬が精子力を低下させている可能性もあるのです。