うつ病治療薬で「精子力」低下

男性不妊外来の患者さんで、抗うつ薬を処方されている患者さんが多いのに気づいていました。また、最近ちょくちょく、抗うつ薬の精子力に対する影響について、患者さんから尋ねられますので、調べてみました。

まず、うつの患者さんはどのくらいいるのでしょうか?

これには、公式な臨床統計はないため正確な答えが無いのが現状です。

唯一あるのは、厚生労働省が3年毎にまとめている、「患者調査」の結果をまとめなおしたものです。

今回参考にしたのは、本川裕氏による患者調査図録です。これによれば、37万人余りの男性患者が存在する事になります。ここで、注意が必要な点があります。(画像をクリックして拡大・Fig. 1)
Fig-1-2013.8
Fig 1. 2013.8.11

厚生労働省の調査方法は、10 月中旬の3 日間のうち医療施設ごとに定める1 日を調査の時期とし、総患者数は以下の算式により推計をしたものである。

総患者数=入院患者数+初診外来患者数+再来外来患者数×平均診療間隔×調整係数(6/7)と言う点です。すなわち、患者数の全国規模の集計ではなく、あくまで医療機関を受診している患者数からの推計であるという点です。

また、本来違う疾患である、うつと躁うつ病を含む気分「感情」障害患者数を推計しているものであり、うつ病のみの統計は存在しません。

この、図表から見る限り1996年と比較して2011年には、患者数は倍増しています。

さて、これらの患者さんにはどのような治療がなされているのでしょうか?

十分な休養・薬剤治療・精神用法が組み合わされて行なわれます。この中の薬剤治療で抗うつ薬として、広く用いられているのはSSRI(選択的セロトニン再吸収阻害薬)・SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再吸収阻害薬)・NaSSA(ノルアドレナリン作動性、特異的セロトニン作動性抗うつ薬)・三環系抗うつ薬・四環系抗うつ薬の5種類があります。

これまでには、SSRIが射精障害を引き起こすことは数多く報告されています。実際、この作用を用いて早漏の治療薬になっています(ただし適応外使用のために保険診療ではありません)。しかし、精子力に対しての報告はほとんどありません。

調べてみると、イランのReza, Mらによる報告では、精子力に悪影響がありそうです。Reza M, et al. Sperm DNA damage and semen quality impairment after treatment with selective serotonin reuptake inhibitors detected using semen analysis and sperm chromatin structure assay. J Urol. 180: 2124-2128, 2008.

対象:50歳以下でSSRIを6ヶ月以上服用しているうつ病患者さん74人。同年代で、精液検査で異常の無い44人を対照。

精液検査の結果(精子濃度・精子運動率・正常形態精子率・DNA断片化率)を患者さんと正常対照ボランティアで比較。さらに、SSRIでの治療期間と上記の精液検査の結果の関係を検討した。

SSRIを使用している患者さんは、正常の人よりも精子濃度・精子運動率・正常形態精子率ともに低いことが判りました。さらに精子力に重要なDNA断片化率はSSRIを使用している患者さんでは、正常の人よりも高い事が判りました。つまり、SSRIを使用している患者さんでは、精子力が低下しているのです。さらに、SSRIの使用期間が長くなる程、精子濃度・精子運動率・正常形態精子率は低くなることが判りました。さらに、DNA断片化率は、SSRIを使用している期間が長いほど、高くなり精子力が低下する事が判りました。(画像をクリックして拡大・Table 1)
Table-1-2013.8
Table 1 2013.8.11

この原因は詳しくはわかっていませんが、以下のようなメカニズムが想定されています。

①セロトニンが銅イオンの存在下では活性酸素(hydroxyl radical)を産生することで、精子DNAに損傷を与える。

②SSRIによる射精障害のため、精子輸送が傷害され精路通過時間の増加で精子DNAの損傷を与える(脊髄損傷患者と同じ)。

うつ病は、不妊治療よりもその治療が優先されますが、うつ病の治療薬が精子力を低下させている可能性もあるのです。

痛風治療薬と「精子力」

尿酸は、遺伝情報の根源物質である核酸を構成する主成分であるプリン体の最終代謝産物です。あらゆる食べ物に含まれているもので、毎日一定量が作られ、主に腎臓から排泄されます。この生産と排泄のバランスが崩れて、血中の尿酸量が増加して正常範囲を超えた状態を、高尿酸血症と呼んでいます。

尿酸は濃度が高くなると、腎臓や関節に析出して、腎障害・尿路結石・関節炎を引き起こします。

特に、足の親指の付け根の関節炎は、突然の激痛を伴うために、痛風(gout)と呼ばれています。現在、痛風と高尿酸血症はほぼ同義語として、用いられていることが多いようです。

 

痛風は、中年以降の病気と思っていませんか?

高尿酸血症の男性の割合は、20歳以上では25%以上であり年齢によりあまり変化していないのです(画像をクリックして拡大・Table 1)。
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しかし、通院している人の割合(治療している人)は40歳以上で急増するために「中高年の病気」といった印象をもたれるのでしょう(画像をクリックして拡大・Table 2)。
Table 2013.8.4

しかし、よく見ると30-39歳でも5万人の通院患者がいることが判ります。これらの患者さんには、何らかの治療薬が処方されていることになります。

どのような薬が用いられるのでしょうか?

痛風発作時と痛みはないが、血中の尿酸値は高い高尿酸血症の治療に分けて考えましょう。

痛風発作の前兆期には、コルヒチン1錠(0.5mg)を用い、発作を抑え、痛風発作が頻発するときは、コルヒチン1日1錠を連日服用する「コルヒチンカバー」が有効であるとされています。発作の極期には非ステロイド抗炎症薬(NSAID)が有効です。

高尿酸血症の治療には、尿酸排泄促進薬のプロベネシド(ベネシッドR)・プコローム(パラミジンR)・ベンズプロマロン(ユリノームR等)と尿酸生成抑制薬のアロプリノール(ザイロリックR等)とフェブキソスタット(フェブリックR)があります。

さて、この痛風(高尿酸血症)の治療薬は、精子に悪影響を及ぼすのでしょうか?

尿酸排泄促進薬や尿酸生成抑制薬には、その作用機序から精子への影響はないものと考えられています。

コルヒチンに関しては、高濃度のコルヒチンは微小管の抑制作用により細胞分裂を阻害し,また胎盤通過性を有するため,精子に対する影響,不妊や妊娠中の胎児奇形の問題も懸念されると、添付文書上は警告されています。

さて、この根拠の文献を見てみますと、1972年にMerlinがコルヒチン0.6mg/日を3年間継続した無精子症患者で、コルヒチンを中止すると3ヶ月で精液所見が正常になり、再度コルヒチンを投与すると無精子になったという1例報告が端緒になっています。(Merlin, HE. Azoospermia caused by colchicine. A case report. Fertil. Steril. 23: 180-181, 1972)。これは、4年後にBremmerらの、健常ボランティア7人に対して、コルヒチンを4-6ヶ月投与したが、精液所見には変化が無かったとする論文で、否定されています。(Bremmer, WJ, et al. Colchicine and testicular function in men. N Engl. J.Med. 294: 1384-1385, 1976)

さらに、540人のコルヒチンを使用している若年者の精液検査で、精液所見の悪化はなかった事が報告されています。(Ye, TF. The efficacy of colchicine prophylaxis in articular gout. A reappraisal after 20 years. Arthritis Rheum. 12: 256-264, 1982)

これ以前に物議をかもした、コルヒチン治療を受けていた男性に生まれた2例の染色体異常児(trisomy)のLancetへの報告がありますが、これも因果関係は否定的です。(Ferreria, NR, et al. Trisomy after colchicine therapy. Lancet ii, 1304-1305, 1968)

もう少し最近の論文では、やはりコルヒチン治療を受けている2例の患者さんの精子の染色体構成を調べています(3 color FISH法で、精子のX染色体・Y染色体・18番染色体を染め分ける)。結果は、染色体数の異常の割合(aneuploidy)が一人の長期コルヒチン治療患者(後述するFMF患者)で妊孕性の確かめられた男性の精子(1.9%)よりも、高い(9.1%)ことが示されています。しかしながら、同じ施設でおこなった、精子濃度が低く運動率も低く正常形態精子の割合が低い患者さん(oligoasthenoteratozoospermia:OAT)の精子の染色体数の異常の頻度(7.4%)と比べれば、同程度であったと報告しています。つまり、これらの患者さんの精子に見られた染色体数の異常は、コルヒチンが作用したわけでは無く、精子形成の悪い患者さんに共通な現象であるということです。 (Kastrop P, et al. The effect of colchicine treatment on spermatozoa: a cytogenetic approach. J Assist Reprod. Genet. 16: 504-507, 1999)

それでは、このほかにコルヒチンが使われる病気があるのでしょうか?

家族性地中海熱とベーチェット病があります。

家族性地中海熱は、周期的に繰り返される発熱と、胸部、腹部の痛み、関節の疼痛と腫脹を特徴とする病気です。この病気は、地中海沿岸地域の中近東のユダヤ人、アラブ人、アルメニア人に多い病気ですが、日本人でも発症することが分かっています。

家族性地中海熱(Familial Mediterranean Fever: FMF)は周期性発熱、漿膜炎を主徴とする遺伝性自己炎症疾患です。日本では、2009年度の全国調査で、約300名の患者さんがいると推定されています。治療には、コルヒチンが有効で1錠(0.5mg)/dayを分2-1で開始して、無効な場合は、1日1.5mg/dayまで増量します。( 家族性地中海熱診療ガイドライン2011 暫定版)

この病気の場合は、発症年齢が生殖年齢と重なるために、コルヒチンの精子形成に対する作用が懸念されました。しかし、精巣の血管へのアミロイド沈着が精子形成障害の原因とされています。(Haimov-Kockam R, et al. The effect of colchicine treatment on sperm production and function: a review. Human Reprod. 13: 360-362, 1998)

ベーチェット病

ベーチェット病(Behcet’s disease)とは、口腔粘膜のアフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状の4つの症状を主症状とする慢性再発性の全身性炎症性疾患です。日本をはじめ、韓国、中国、中近東、地中海沿岸諸国によくみられ、シルクロード病ともいわれます。日本では北海道、東北に多く、北高南低の分布を示します。日本で治療中の患者さんは17000人以上です。男女とも20~40歳に多く、30歳前半にピークを示します。発作予防には、コルヒチン0.5-1.5mgが用いられますが、不十分な場合にはシクロスポリンを使用します。(画像をクリックして拡大・Table 3)
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table 3 2013.8.4

この病気の場合も、発症年齢が生殖年齢と重なるために、コルヒチンの精子形成に対する作用が懸念されました。しかし、ベーチェット病そのものによる血管炎や精巣上体炎が、精液所見の悪化に繋がっていると考えられています。(同上論文)

◎難病情報センターのホームページ「ベーチェット病」
◎厚生労働科学研究費補助金・難治性疾患克服研究事業「ベーチェット病に関する調査研究」

結局は、高尿酸血症・痛風の治療薬は、「精子力」に影響しない。

しかし、その原因疾患によっては、「精子力」を低下させてしまう、と言う結論です。

35歳が精子力の曲がり角

やっぱり、精子力は35歳以上で低下するのだ。

最新の、米国生殖医学会雑誌(Fertility and Sterility)に掲載された記事を解説しよう。Age thresholds for changes in semen parameters in men. Stone BA, et al. 2013 Jun 27. [Epub ahead of print]

5081人の精液所見と、259人の精子の染色体構成をFISH法で検討しています。精液検査を受けた人の半数は、代理母や卵子提供者などに用いる予定で、精子凍結を行なった人たちで、残りの半数は不妊外来通院患者でした。これまでの、精液所見と加齢の関係の研究には、非配偶者間人工授精(AID)の精子提供者の精液を用いたり、避妊目的のパイプカットを受けに来た患者の精液を用いたりしてきました。しかしながら、これらの対象では測定に用いる事が出来るサンプル数が少ないという欠点がありました。

この論文では、不妊外来患者に関しては、初回の精液検査であるものを採用しています。つまり、明らかに精液検査の結果が悪いために、不妊外来に紹介された患者は除外されているという事です。

精液検査は、精子濃度の高い場合は自動精液検査機で行ない、精子濃度が低い(700万/ml以下)は血球計算盤で測定しています。精子運動率は、自動精液検査機で行い、直線運動で運動速度の速いもののみを運動精子として採用しています。

また、精子の制止判定をeosin B染色で、精子形態判定をパパニコロー染色した標本で行なっています(strict criteria)。さらに、精子の染色体構成を13番・18番・21番染色体・X染色体・Y染色体を分別出来るFISH法で解析しています。これにより、精子が、半数体になっているのか、X染色体精子か、Y染色体精子かを区別して、その比率を出しています。

さて、結果です。禁欲日数は、3-5日するように指導されていたため、どの年齢でも差がありませんでした。

①総精子数は34歳、②総運動精子数は34歳、③総前進運動精子数は34歳、④精子濃度は40歳、⑤正常形態精子率は40歳、⑥精子運動率は43歳、⑦精液量は45歳、⑧生存精子率は45歳、⑨X精子に対してのY精子の割合は55歳、を境にしていずれも減少する事が判りました。

この中で、①~⑧はこれまでにも少数例を対象にして、データがありました。すなわち、精子力は35歳から衰えてきます。生殖に関わる力は男女ともに、35歳がターニングポイントになるのです。(画像をクリックして拡大)(Table 1)

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Table 1 2013.7.30

この論文の、最も注目すべき点は、⑨の衝撃的なデータです。

なぜならば、46歳未満ではY染色体精子とX染色体精子の割合は、年齢を問わずに1.06であり、このために産児は男児:女児が1.05-1.06:1になっているからです。この論文の結果からは、56歳以上の父親の精子により出来た子どもは女児の方が多くなると言うことになります。

そういえば、中村富十郎(歌舞伎役者) 69歳 男子 74歳女子, 上原謙 (俳優) 71歳 女子 後年もう一人女子, 三船敏郎 (俳優) 62歳 女子(三船三佳), 岡田真澄 (俳優) 63歳 女子, ピカソ (画家) 68歳 女子(パロマ・ピカソ), チャップリン(俳優) 60歳女子 62歳女子 64歳男子 68歳女子 70歳女子 73歳男子、でしたね。

僕は、近著 –『男を維持する「精子力」』-の中でも述べているように、精子力は加齢とともに低下するのです。僕たちのデータを後押しする論文が、ついに出てきたことは大変励みになることです。

では、どのくらいのスピードで低下するのでしょうか?

①総精子数は35歳から毎年1.71%、②総運動精子数は35歳毎年2.30%、③総前進運動精子数は35歳から毎年2.61%、④精子濃度は41歳から毎年0.78%、⑤正常形態精子率は41歳から毎年0.84%、⑥精子運動率は44歳から毎年1.74%、⑦精液量は46歳から毎年1.48%、⑧生存精子率は46歳から毎年1.45%、⑨X精子に対してのY精子の割合は56歳から毎年5.05 %ずつ減少すると報告しています。(Table 1)

35歳を過ぎると、困ったことに毎年精子力が減少し続けるのです。

ここで、穿った考えですが、最近の姉さん女房率の上昇は、精子力の衰えていない男性を求めた、種の保存に対する自然の適応力が働いた結果かもしれませんね。

染色体検査を勧められました

多くの不妊治療を行なっている施設(クリニック・病院)で、染色体検査が行なわれています。男性不妊に限って言えば、精液検査で精子が見つからない無精子症患者さんで、精子の通り道(精路)の通過障害のない、いわゆる非閉塞性無精子症患者さんや、高度乏精子症(100万/ml以下)患者さんの場合に、行なわれることが多い検査です。

この検査で重要なのは、検査実施に当たり、医療者が注意しておくべき、基本的事項と原則について、日本医学会からガイドラインが出されているという点です。

具体的には、「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」として、公開されています。

特に、不妊に悩む患者さんカップルにとって重要なのは、遺伝学的検査に含まれる、染色体検査を行なうときに、事前に担当医師が患者さんからインフォームド・コンセントを得なければならないことと、遺伝カウンセリングを実施するように、求められていることです。

染色体分析を行なう前に、この検査を受けることの利益・不利益・検査を受けない権利・検査を受けた結果判る情報・検査結果がその後の治療法選択に与える影響などに関して、十分な説明を行ない、これに納得した患者さんが、その旨を署名してから検査が行なわれるべきである、という事です。

また、遺伝カウンセリングに関しては、「情報提供だけでなく、患者・被験者等の自立的選択が可能となるような心理的社会的支援が重要である事から、当該疾患の診療経験が豊富な医師と遺伝カウンセリングに習熟した者が協力し、チーム医療として実施することが望ましい」、と述べられています。

つまり、不妊治療に関わる医師だけでは無く、遺伝カウンセリングを提供するか、または紹介する体制を整えておく必要がある、と言うことです。

僕たちの施設では、このガイドラインに従った医療を提供するようにしていますが、小規模のクリニックや忙しい外来診療の中で、行なうことはなかなか困難なことでしょう。

しかし、染色体分析を勧められたら、迷わずに遺伝カウンセリングのことや、インフォームド・コンセントの事にいて、尋ねてみましょう。『お任せします』では、納得のいく診療は受けられません。

遺伝学的検査実施時に考慮される説明事項の例を以下に提示します(出典:医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン)。Table 1

参考にしてください。
遺伝学的検査の説明2013.7.29

次回は、さらに進んだ遺伝学的検査である、Y染色体微小欠失の検出法最も進んだ検査法の一つの、アレイCGH法について説明します。

思春期クラインフェルター症候群の妊孕性温存

クラインフェルター症候群(Klinefelter syndrome)をご存じでしょうか?

染色体構成が47,XXY(通常の男性は46,XY)であり、性染色体のうちX染色体が1本多いことが原因で起こる症候群のことです。

クラインフェルター症候群は、外性器の発育障害(小さな精巣・小さなペニス)、無精子症・精巣機能低下症(血中のテストステロン値が低い)・女性化乳房などの症状を持っています。確定診断は、血液検査で染色体が、47,XXYや48,XXXYや46,XY/47,XXYのように、余分なX染色体を含むことでなされます。

その頻度は、1000人に1人前後と、染色体異常としてはもっとも多いものです。

クラインフェルター症候群は、その症状の出方が大変大きな幅を持っています。

小児期(出生直後から思春期まで)に診断される場合は、外性器の発育障害や外性器奇形があり、その精査の一環として染色体分析がなされたために確定診断に至ったというケースがほぼ100%を占めます。別の言い方をすれば、そうでも無ければ、こどもの染色体検査をルーチーンで行なう事はありません。

少し、本題をはなれますが、現在出生前診断を推進している人々の間では、性染色体検査も出生前診断に組み入れるべきだと主張する人もおられます。この、問題に関しては、別の日にお話ししたいと思います。

多くの、クラインフェルター症候群の人は、男性不妊症患者として僕たちの、男性不妊外来に診察に訪れます。最初は、精子が少ない(乏精子症)や精子が居ない(無精子症)として、紹介受診するケースが大多数です。一連の男性不妊検査の過程で、染色体分析を受け、クラインフェルター症候群である事が判明します。

先に、クラインフェルター症候群は無精子であると書きましたが、正しくは無精子のことが多いと言うべきでしょう。

46,XY/47,XXYのモザイク構造を持ったクラインフェルター症候群の人のみならず、純粋に47,XXYの人の場合でも、乏精子症のクラインフェルター症候群も、少ないですが存在します。

ここで、本題です。

クラインフェルター症候群の人で、精子のいる割合は年齢とともに低くなるのです。

これは、無精子症のクラインフェルター症候群の人で、精巣からの精子採取率も、30.5-35歳を境に低下する事が、僕たちの研究が世界に先駆けて証明し(Okada H, et al. Age as a limiting factor for successful sperm retrieval in patients with non mosaic Klinefelter’s syndrome. Fertil. Steril. 84: 1662-1664, 2005)、(画像をクリックして拡大)(Table 1)
Table-1-2013.7.23
Table 1 2013.7.23

最近同様のデータが、次々に発表されています。

Emre Bakircioglu, et al. Aging may adversely affect testicular sperm recovery in patients with Klinefelter syndrome. Urology 68: 1082-1086, 2006.(画像をクリックして拡大) (Table 2)
Table-2-2013.7.23
Table 2 2013.7.23

Ferhi et al. Age as only predictive factor for successful sperm recovery in patients with Klinefelter ‘s syndrome. Andrologia 41:84-87, 2009.(画像をクリックして拡大) (Table 3)
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Table 3 2013.7.23

このこと、すなわち年齢とともにクラインフェルター症候群のひとでは、精巣での精子形成が低下する事が問題なのです。

現在、不妊症以外で思春期または思春期以前に、クラインフェルター症候群と診断されるのは、低身長・女性化乳房・思春期が遅いなどで、染色体検査を受けて、初めて診断が確定した場合です。

このような場合に、子ども(両親を含めて)はどのように精子形成のことや、将来の妊孕性のこと、妊孕性温存の手立てについて、説明していったら良いのでしょうか?

ヒントを与える論文が、発表されました。The feasibility of fertility preservation in adolescents with Klinefelter syndrome. Rives N, et al. Human Reproduction 28: 1468-1479, 2013.

この論文では、思春期のクラインフェルター症候群患者(児)(もちろん結婚前)に対して、妊孕性を確かめるためにまず精液検査を行ない、精子が存在した場合は凍結保存を行ない、無精子の場合は両側精巣生検を行なって、精子形成を確かめて、精子形成細胞が存在すれば、凍結保存を勧めています。

ここで重要なのは、先に挙げた3論文で明らかになったように、クラインフェルター症候群の人では、年齢が進むと精子形成が無くなって行くということです。折角、思春期以前(中)にクラインフェルター症候群であることが判ったのですから、積極的にとらえて将来の妊孕性温存のための手段を講じた、という点です。

さらに、重要な点は、これらの患者(児)とその両親に、いかに説明を行ない、同意を得たかと言う過程です。

I. まず、患者本人と両親の同席の元に、クラインフェルター症候群に関する一般的な知識と、クラインフェルター症候群の妊孕性に与える影響について、どの程度知っているかを尋ねます。

そして、医療者側からは、X染色体が1つ多いことが、精子形成を低下させ、次第に無精子になることを、説明します。

II. 次に、クラインフェルター症候群の人が、子どものいる家庭を築いて行く手段について、次のようなオプションがある事を説明します。

①      精液ないしは精巣から採取された、自分の精子を用いて生殖補助技術(ART)を行なう。そのためには、精子が採取できたら、凍結保存する。
②      他人の精子供給を受ける(AID)ないしは養子縁組。
③      成人になってから精子形成能は調べる。


III. 次に、母親、父親、患者(児)本人に個別に、妊孕性温存に対する自分の希望(精液採取・精巣生検して精子ないしは精子形成細胞を凍結保存)について、尋ねます。

こうした説明を行なった上で、両親を退出させて、患者本人に、自分の妊孕性と精液検査についての希望を尋ねます。通常、勃起・マスターべーション・射精という意味がわからず困惑することが多いと述べています。


IV. この1回目の相談の後に、精液検査をします。3ヶ月おいてもう1-2回精液検査を行ないます。

精液検査結果は、患者と両親に知らされます。


V. 無精子症であれば、精巣生検を行い、精子ないしは精子形成細胞を凍結保存することを勧めます。

これに先立ち、精子回収の予測因子は無いこと、精子形成細胞を用いた成熟精子作出は現時点では、ヒトには応用されておらず実験段階である事を説明します。

 

VI. 次に、患者は臨床心理士と面接し、妊孕性温存のための手段を講じることの、気持ちの確認を行ないます。

 

VII. そして、患者(児)と両親が承諾をした旨を署名します。

 

両側精巣生検・精子ないしは精巣組織の凍結保存を行ないます。


VIII.生検結果は、患者と両親に知らされます。

この論文では、8例のクラインフェルター症候群の患者(児)が対象となり、精液検査は全員が受け、1人は乏精子症でありました。残りの7人は無精子症であり、このうちの4人が精巣生検を受けました。その結果はTable 4(画像をクリックして拡大)にまとめておきました。
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Table 4 2013.7.23

この結果については、次回に詳しく説明しましょう。

今回の大事なことは、成人になる前のクラインフェルター症候群患者(児)で、妊孕性温存のための処置を行なうためには、慎重な段階を追った説明が必要であるという事です。

このためには、かなり習熟したチーム医療の確立が、急がれるともいませんか?

ムンプス精巣炎と男性不妊

ムンプス(流行性耳下腺炎、Mumps)をご存じでしょうか?
もちろん、名前を知っているでしょうし、実際に罹ったひともいるでしょう。

ムンプスは、5世紀にはヒポクラテスがThasus島で、耳の近くが両方あるいは片方が腫脹する病気が流行したことを記載したのが、最初の記述とされています。

ムンプスは、パラミクソウイルス科のムンプスウイルスによる感染症です。患者の呼吸器の飛沫を吸い込んだり、患者の唾液で汚染されたものと接触することで、体内にムンプスウイルスが侵入することで感染が成立します。
2-3週間の潜伏期間(平均18日)を経て、最初は、筋肉痛、食用不振、気分不快、頭痛、悪寒、微熱などの症状が出ます。これらの症状が12-24時間続いてから、耳下腺炎の症状が出現します。耳下腺炎の進行とともに39.5度から40度に達する高熱が見られ、耳下腺の腫脹は2日目にピークを迎えます。唾液腺の内、顎下腺や舌下腺の腫脹を伴うこともあります。
合併症としては、無菌性髄膜炎は軽症と考えられていますが、症状の明らかな例の約10%に出現すると推定されています。
思春期以降の合併症では、男性の約20-30%に精巣炎を、女性の約7%で卵巣炎を合併すると報告されています[Katz SL, Gershon AA, Hotez PL: Mumps. Krugman’s Infectious Diseases of Children. 10th pp280-289, 1998]。
治療法は、対処療法のみで抗ウイルス剤は、ありません。

さて、このムンプスですが、日本での流行は3-4年周期である事が、以前から知られていました(画像をクリックして拡大)(Fig. 1)。
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IDWR(感染症発生動向調査〕2013.7.20 Fig. 1
ムンプスに罹らないためには、予防が必要になるわけですが、これにはMMRワクチン(麻疹・風疹・ムンプスの3種混合ワクチン)が、世界中で用いられてきました。日本では、MMRワクチンは、麻疹の定期予防接種に当たって、同時に風疹、ムンプスの予防接種を希望する旨の申し出があった時に使用出来るという形で1989年から開始されました。MMRワクチン開始後、ムンプスに罹る患者さんの数は、徐々に少なくなってきていました。

しかしながら、MMRワクチン接種した数百人から数千人に一人が無菌性髄膜炎を発症することが明らかになり、1993年末にMMRワクチン接種は行なわれなくなりました。この結果、また3-4年毎の流行が繰り返されています。

ここで、問題があります。

ムンプスに対する抗体は、ワクチン接種した場合も、感染した場合も、一生涯十分な抗体値を維持できないという事です。ワクチン接種や感染後に徐々に抗体値が低下するのです。つまり、『生涯免疫ではない』ということです。

ワクチン接種がされていない人やムンプスに罹ったことのない人ばかりで無く、ワクチン接種していたり、ムンプスに罹ったことがある人でも、抗体値が下がれば、再度ムンプスに感染するということです。
ワクチン接種されていない人(多くは子ども)が、ムンプスに感染し、その人と接触した人(成人男性)が、ムンプスに罹ると、高頻度で精巣炎を発症します。

さて、本題の男性不妊との関連ですが、このムンプス精巣炎は、男性不妊の原因になるのでしょうか?

この質問に対する十分なエビデンスのある報告はありません。

ムンプス精巣炎に罹った人の、30-50%で精巣炎がおきた側の精巣の萎縮を認めたと報告しています[Sananayake SN. Mumps: a resurgent disease with protean manifestations. Med J Aus. 189: 456-459, 2008]。

精液所見に関しては、298例のムンプス精巣炎の患者を、症状が軽快してから3年間追跡した結果、成人のムンプス精巣炎で24%、思春期のムンプス精巣炎で38%に、精液所見の異常が認められ、精巣炎が重傷であるほど精液所見がより悪化したと報告されています[Bartak V. Sperm count, morphology and motility after unilateral mumps orchitis. J Reprod Fertil. 32: 491-494, 1973]。

僕たちの施設での症例でも同様で、もともと子どもがいて成人になってから両側のムンプス精巣炎に罹った5人を、症状が軽快してから定期的に精液検査を行なってみました。5人とも、精巣萎縮は起こっていませんでした。
すると、1人を除いて4人は、精子濃度・精子運動率・正常形態精子率・精液量全てが、正常になりました。
回復しなかった1例は、精巣上体炎を併発していたため、精子の通り道(精路)の通過障害があったと考えられています。
つまり、精巣萎縮が起こるような、血流障害に陥ってしまうようなひどい精巣炎の発症を防ぐことが出来て(具体的には、局所の冷却)、精巣上体炎の合併を防ぐことが出来れば(具体的には、抗菌化学療法)、ムンプス精巣炎による造精子障害は、リバーシブルであると言えます。
萎縮した精巣からでも、MD-TESEで精子を回収出来ると、増田先生は報告しています(増田 裕ら.両側ムンプス精巣炎後の無精子症に対してMicrodissection TESEにより精子を回収した1例. 泌尿紀要 57: 529-530, 2011)。

最後に、日本における現行の予防接種スケジュールをお示しします。

オーストラリアのMumps education posterです。
mumps-education-poster

精液検査の落とし穴 Part 1.

男性不妊の基本検査である、精液検査の落とし穴についてシリーズで解説します。

まずは、精液検査は血液検査と違い、結果が大きく変動するという事をご存じですか?
血液検査(赤血球濃度・白血球濃度・血色素濃度・血小板濃度)は、午前中でも午後でもほとんど変化しません。もちろん、水分摂取によって多少は変動しますが、午前中は貧血だったが、午後は多血症と診断されるということはありません。

しかし、精液検査ではこのようなことが、頻回に起こるのです。

多くの不妊クリニックでは、精液検査は忙しいご主人が来院して受けるのでは無く、仕事に出かける前に(早朝)自宅で(奥さんの近くで)マスターベーションにより、容器に採取して、これを奥さんがクリニックに運んで、検査を行なう、という流れになっていると思います。

しかし、ここに大きな落とし穴(罠)があるのです。

精液検査の中で、精子運動率には採取してからの時間が、結果に大きく影響を与えるので、精子濃度についてのみ考察してみましょう。

僕たちの診察を行なっている不妊クリニックでのデータです。同一患者さんの、精子濃度を早朝に自宅で採取した場合と、休日の昼間ないしは仕事が終わった夜間に、クリニックで採取した場合を比較しています(画像をクリックして拡大)(Fig. 1)。
pit-hole-part-1-2013.7pit hole part 1 2013.7.19

驚いたことに、80%の人で後者の方が、精子濃度が高いのです。

早朝・自宅採精で200万/mlの人が、クリニックで夜間採精したら3000万/mlという例もあります。
これは、治療方針の決定に大きな影響を与えると言えるでしょう。


精液検査結果が、良くない場合は、精液の採取条件を見直すことが大切ですね。

さらに、詳しくは拙著(男を維持する「精子力」ブックマン社)も、参考にしてください。

肥満と男性不妊

不妊外来患者さんからよく尋ねられる質問に「肥満は不妊と関係ありますか?」という問いがあります。
漠然と、現在の健康志向やメタボリックシンドロームが様々の成人病の原因になっている事から、「はい、関係あると思います」と回答していますが、根拠はどうなっているのでしょうか?
まず、肥満の診断基準です。太っていれば肥満なのですが、これでは国際比較や診断・治療介入ができません。そこで、日本肥満学会が発表したBMI(Body Mass Index)を用いた、肥満の診断基準(2011年に改訂された)を見てみましょう。(画像をクリックして拡大)

Table-1Table 1
BMI 25以上は肥満になるわけです。日本では、肥満を4段階に分けて評価していますが、諸外国では肥満はBMI 25-29.2: overweightとBMI 30以上: Obeseの2段階分類が一般的です。

 

 

 

 

 

 

さて、肥満の人の割合は、どんなものでしょうか? 米国のNational Center for Health Statisticsのデータでは、男性 20-39歳で33.2%と報告されています。(画像をクリックして拡大)

Fig-1Fig 1
日本では、厚生労働省の「日本人の肥満」ホームページで紹介されているデータを参考にすると、20-29歳で21.3% 、30-39歳で28.6%と報告されています。

 

 

 

 

日本人は、アメリカ人に比較して肥満の割合は低いようです。(画像をクリックして拡大) FIg.2

Fig.2
もう一つ、注目すべき点は、日本では同年代の女性の肥満割合は、20年前・10年前と比べて減少しているのに、男性ではそれぞれの年齢階層で12.8%から16.6%そして21.3%へ、21.6%から24.2%そして28.6%へ増加しています。 健康意識の性差の表れと考えられます。

 

 

 

 

 

それでは、肥満が男性不妊に与える影響は、いかがなものでしょうか?

昨年のSpematogenesis 2: 253-263, 2012にPalmer NO, et al. Impact of obesity on male infertility, sperm function and molecular composition.というレビュー論文が掲載されました。 肥満の男性はそのパートナーが肥満で無い場合でも、生産率(live birth rate)が低く、生殖補助技術(ART)を行なって妊娠・出産を試みた場合でも、妊娠成立しない割合が増加することが、報告されました。(画像をクリックして拡大)

Fig.3Fig.3
肥満の精液検査所見に与える影響はどうでしょうか? 23の報告を集めたメタアナリシスでは、精子濃度は15論文で、減少8論文で不変でした。精子運動率は7論文で減少、12論文で不変、4論文で評価無しでした。正常形態精子率は7論文で減少し9論文で不変、7論文で評価無しでした。これからすると、精液所見上は、精子濃度は減少するとの報告が多いが、運動率と形態に関しては、一定の結果でないということです。

この論文では、精子DNAのメチル化と肥満の関連は、他の組織では明らかになっているが、精子でのメチル化の変化に関しては、未だ定かで無いとしています。また、精子形成過程で必要な、ヒストンのアセチル化が早期に起こり、これにより精子DNAが損傷されると述べています。

このDNA損傷に関しては、Dupont C, et al. Obesity leads to higher risk of spem DNA damage in infertile patients. Asian J Androl. 2013. Jun 24. Epubで、BMIの高い男性不妊患者さんの、精子DNAの断片化率は肥満で無い男性の2.5倍であったと報告しています。

やはり、肥満は精子DNAに損傷を与えているようです。この、DNAが断片化した精子は、顕微授精の際に流産率が上昇するため問題になります。

こうしてみると、肥満は男性不妊にとって、リスクファクターになるという認識で良いと考えられます。また、生まれてきた我が子を、養育するためには父親として健康でいる必要があります。 子の福祉のためにも、肥満は解消するようにしたいものです。

体外受精と自閉症・精神発達遅延のリスク

体外受精と自閉症・精神発達遅滞の関連

 

Autism and mental retardation among offspring born after in vitro fertilization.

JAMA 2013, 310: 75-84 Sven Sandin (Departent of Psychosis, Institute of psychiatry, King’s College London) et al.

 

我が子が、すくすくと健康に育って行くことを願わない親はないだろうが、不妊治療特に体外受精で誕生した子どもに対しては、その思いはとても強いことは想像に難くないだろう。五体満足に生まれれば、と願うのであるが、このことは生まれた瞬間に、判断がついてしまう場合が多い。

しかし、誕生した我が子の、精神発達はどうなるのか?という事は、誕生後すぐには判断が出来ない。つまり、ある程度子どもが育ってこないと、その子に自閉症があるのか・精神発達遅滞があるのか、という事に関しては、何ともいえないからだ。

わが国にでも、生まれてきた子どもを、定期的にその発達状態に関する、検診制度は存在している。しかし、その子どもが生まれた背景(自然妊娠か・体外受精か 等)に関するデータとリンクさせる仕組みが存在していない。

これに対して、北欧を中心として国民総背番号制が定着し・診療記録(カルテ)の番号もこの背番号が割り振られている。

こうすれば、疾患とその予後とそのヒトの背景を、簡単に結びつけることが出来る。

このように、しっかりした疫学研究が行なう事が出来る、Swedenからのレポートである。

Swedenでは、4歳時に、運動能力・言語能力・認知能・社会性について、専門家がその発達状態を評価することが義務づけられているそうだ。

最近公開された、JAMAに体外受精児の自閉症発症と精神発達遅延発症率に関する興味深いレポートが掲載された。前置きが長くなったが、これを解説しよう。

1982年1月1日から207年12月31日にSwedenで誕生した子どものうちで、誕生後1.5年後に生存していた、2541125人を対象にしている、このうち30959例(1.2%)が、体外受精で誕生しています。平均観察期間は10年。

この論文では、体外受精による、こどもの誕生過程を以下の6種類にカテゴリー分類している。

①    通常の体外受精(顕微授精で無い)で、新鮮胚移植

②    通常の体外受精(顕微授精で無い)で、凍結鮮胚移植

③    射出精子を用いた顕微授精で、新鮮胚移植

④    射出精子を用いた顕微授精で、凍結胚移植

⑤    精巣(精巣上体)精子を用いた顕微授精で、新鮮胚移植

⑥    精巣(精巣上体)精子を用いた顕微授精で、凍結胚移植

 

以下の3つの項目に関して、分析している。
  1. 自閉症や精神発達遅滞の発生する相対危険度を、自然妊娠例を対象としてカテゴリー別に解析した。
  2. カテゴリー①を対照に、体外受精・胚移植法のちがいによる、自閉症や精神発達遅滞の発生する相対危険度を解析した。
  3. サブ解析として、両親の年齢・児の誕生した年・多胎か単胎か・満期産か否か が自閉症や精神発達遅滞発生に与える影響を検討した。
スライド1Table 1 自閉症と精神発達遅滞

結果(画像をクリックして拡大)

まず、おおざっぱに解析をして、上記1に関しては、体外受精で誕生した児の、自閉症発生率は100000 person-years(観察人年)あたり、自然妊娠で15.6、体外受精で19.0であり、相対危険度は1.14であった。精神発達遅延は、100000 person-yearsあたり、自然妊娠で39.8、体外受精で46.3であり、相対危険度は1.18であった。つまり、いずれも体外受精の方が高いというわけです。しかし、単胎に限って言えば、相対リスクはそれぞれ0.89と1.01になり、有意差は無くなります。日本に限っていえば、現在移植卵数を、ほとんどの場合1個にしているので、多胎妊娠がとても少なくなっているので、自閉症・精神発達遅延に関しては体外受精がリスクにならないとも考えられます。

 

さらに、解析を行なっています。生殖医療に携わる者であれば、誰しも懸念している所ですが、体外受精の手技別にみた場合に、自閉症や精神発達遅滞の発生率はどうなのでしょうか?

 

上記2に関しては、

精巣(精巣上体)精子を用いた顕微授精・新鮮胚移植は通常の体外受精・新鮮胚移植に比べて、自閉症発生の相対危険度は、4.60になります。

また、早産の場合は相対危険度が、9.54になりますが、単胎の場合には早産は危険因子でなくなります。

どうも、外科的に採取した精子は分が悪そうです。

 

精巣(精巣上体)精子を用いた顕微授精・新鮮胚移植は通常の体外受精・新鮮胚移植に比べて、精神発達遅延の相対危険度は、2.35になります。しかし、この差は、単胎の場合にはなくなります。

射出精子を用いた顕微授精・新鮮胚移植 の場合は、通常の体外受精・新鮮胚移植に比べて、精神発達遅延の発生の相対危険度は1.47になりますが、顕微授精・凍結胚移植では、この差は無くなります。単胎の場合でも、射出精子を用いた顕微授精・新鮮胚移植 の場合は、相対危険度が1.60のまま残ります。

どうも、顕微授精は分が悪そうですが、単胎妊娠の場合には、危険因子では無くなる場合が多いようです。

 

使用した精子が射出精子か精巣精子かによって検討すると、自閉症発生は、精巣(精巣上体)精子を用いた場合の相対危険度は3.29になります。

早産の場合は、相対危険度はさらに増して、8.06になりますが、単胎に限ればこの差は無くなります。

 

精神発達遅延は、顕微授精を行なった場合は通常の体外受精に比して、相対危険度が1.51になり、単胎の場合でも1.50、早産の場合でも1.73と同様の危険度であった。

精巣(精巣上体)精子で相対危険度が上がったのは、早産の場合のみであった。

 

体外受精の手技で比較した場合、胚盤胞移植とそれ以外、凍結胚移植と新鮮胚移植で、自閉症や精神発達遅延の危険度に差は認められなかった。

 

 

上記3に関して

自閉症や精神発達遅延の発生に、不妊治療の年代・不妊歴・男児が女児か、ホルモン治療の有無は、危険因子ではなかった。

 

 

以上をまとめると、体外受精は自然妊娠と比較すれば、自閉症・精神発達遅延の発生のリスクを上げるが、単胎・満期産であれば、このリスクを軽減することが可能である。

精巣(精巣上体)精子を用いる場合は、自閉症・精神発達遅延の発生のリスクが上昇する。

 

このことから、そもそも自閉症・精神発達遅延の子どもが生まれてくる絶対数は少ないのではあるが、男性不妊患者カップルで体外受精を開始するに当たって、これらのリスクもICすべきだと思います

 

 

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